原田信男『豆腐の文化史』岩波新書、2023年12月20日、236+22頁、1100円+税、ISBN978-4-00-431999-3

 「美味しいだけでなく歴史も文化も味わい深い」と、帯にある。いいキャッチコピーだ。

 「はじめに-豆腐という食品」では豆腐のいいとこだらけの説明をした後、つぎのパラグラフで終えている。「歴史的にみて豆腐がどのように登場したのか、またいつごろ日本に伝わったのか、といった問題については、残念ながら詳細は不明とするほかはない。ただ日本への伝来には仏教、つまり僧侶や寺院が深く関与したことにほぼ疑いはなく、いくつかの文献にも豆腐記事が登場する。そこで本書では、この非常に魅力的な豆腐という食品について、文献史料を中心とした上で、日本各地に伝わるさまざまな豆腐の現地調査をふまえ、トータルな観点から、その文化史を描いてみたいと思う」。

 本書は、はじめに、全9章、おわりに、などからなる。時系列に第7章までいった後、第8章「豆腐と生活の知恵」で「各地で食べ継がれている特徴的な豆腐」を紹介し、第9章「沖縄の豆腐」でとくに沖縄を取りあげている。さらに、「おわりに-健康食志向と海外展開」では海外にまで及んでいる。

 食生活史研究を標榜する著者が、「一つぐらいは特定の食べ物について調べてみようと思って」執筆を引き受けたが、「身から出た錆の如く、実際の執筆作業には多くの苦しみが伴った。調べて書くという行為自体は基本的に面白くはあるのだが、いつも苦しみの連続でもある。とくに、この仕事のきつさは格別だった」。

 「身近な食品だけに、史料は想像以上に多かった」。「ところが豆腐に関する歴史的研究となると、信頼に足る論文は数えるほどで、論拠が曖昧でかつ不正確な多くの論考に悩まされた」。

 「本書は、これまで経験したことのないような産みの苦しみではあったが、書き上げてみると、豆腐の歴史には学ぶところが大きかった。豆腐とは、かつては自前も可能で、もっとも身近でかつ栄養があり美味しい食べ物であったからこそ、その製造や保存さらには調理に人々の知恵が豊富に込められている。まさに歴史のなかで育まれてきた食べ物なのである。とくに、それぞれの時代状況のなかで、階層の如何にかかわらずさまざまに楽しまれてきたことを、多くの文献が教えてくれた。そして、それ以上に、それぞれの地域で豆腐に対する工夫がいかに数多く積み重ねられてきたかを、現地調査で実感的に学んだ」。

 政治史や経済史と違い、社会史や文化史ではあやふやな史料から多くのことを学ぶことになる。たとえ間違っていても、なぜ間違ったのかを考察することで、本質がみえてくることもある。身近であるだけにだれでもが知っていて、簡単に情報が得られると勘違いするが、社会史や文化史の考察から「味わい深い」「歴史も文化も」みえてくる。「美味しいだけ」に、著者は調査も考察も楽しんだことだろう。

 だが、そんな呑気なことも言っておられない現実がある。農林水産省のホームページには、「みんなで支える日本の食卓」で「身近な食べ物なのに作るところは減っている?」の見出しのもとに、つぎのような説明がある[https://www.maff.go.jp/j/shokusan/think-food-agri/soy.html]。「スーパーなどの食品売り場にはたくさんの種類が並んでいる豆腐ですが、製造事業者が最も多かったのは60年ほど前(昭和30年代)という情報が紹介されていました。多い時には全国に5万件[軒]以上もあったけれど年々少なくなっていき、今では10分の1近くまで減っているということでした」。

 その原因を説明し、それでも豆腐屋さんは頑張っているという姿を紹介している。そして、つぎのように結んでいる。「さあおいしい豆腐を買いに行きましょう。さまざまな食べ方、料理法がある万能食品、しかも健康な体づくりにも役立つんですから、少しくらいは多めに買って大丈夫です!」。

 「ふざけるな!」と叫びたくなった。消費者に購買を促して解決するような問題ではない。われわれの日常の食生活や日本の食文化を守ることを、農林水産省はどう考えているのか、他人事のように紹介するのはやめて、「みんなで支える」前にまずは政策として真剣に取り組んでいる姿勢を示してほしい。食生活史研究を標榜している著者にも、ひと言言ってほしかった。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。