中村満紀男『日本統治下の台湾と朝鮮における特殊教育-発展と停滞の諸相』明石書店、2022年8月15日、314頁、5800円+税、ISBN978-4-7503-5453-8

 著者のような仕事が、評価される学界であって欲しい。

 本書は「補遺」でもあるという。「まえがき」は、つぎのような文章ではじまる。「本書は、「大東亜戦争」終結以前の日本統治下の植民地であった台湾と併合国(以下、植民地と表記」)であった朝鮮における盲学校・聾啞学校教育の実態および特殊教育への発展に関する歴史的意義の究明を意図した研究の成果であり、『日本障害児教育史 戦前編』(二〇一八年、明石書店)の補遺でもある」。

 『日本障害児教育史 戦前編』(編著)は、1352頁の大書である。これだけではない。同じ出版社から出版されたこともあり、もう2冊の大書の広告が最後に載っている。『日本障害児教育史 戦後編』(編著、2019年、1232頁)と『障害児教育のアメリカ史と日米関係史-後進国から世界最先端の特殊教育への飛翔と失速』(2021年、1032頁)で、いずれも本体価格17000円である。「補遺」の意味がわかった。そして、「本書をもって著者の計画は完了する」。

 本書の結論は、「まえがき」に、つぎのように書かれている。「以上の方法による検討と考察から、台湾では盲啞教育が成功し、朝鮮では不振あるいは停滞した理由と背景が、単純に日本の統治政策のみに還元できないことが理解されるであろう。さらに、日本の統治下の台湾と朝鮮における盲啞教育・特殊教育が植民地全体のなかで異例だった事実も把握されるはずである(むろん、日本の植民地統治を正当化する意図は毛頭ない)。本書が、台湾および朝鮮を含めて、植民地における盲啞教育と特殊教育の歴史的意義に関する研究の緒として指摘できるのはこの点までである」。

 「以上の方法による検討と考察」については、その前のパラグラフで、つぎのように説明されている。なお、本書は、まえがき、「序論」と「結論」を含め全6章からなる。「単純な結論は主張として強力にみえても、研究方法が一面的で、歴史的事実の把握と分析に偏りがある場合、十分な説得力をもつことは期待できない。本書では、可能な限り入手した台湾と朝鮮の盲啞学校の関連資料に基づいて個別に検討するとともに、それとアジア・オセアニアの欧米植民地の盲啞学校事業および特殊教育とを多元的に比較対照することによって、台湾と朝鮮の盲啞教育ないし特殊教育が、いかなる位置づけと評価を付与されるべきかを究明しようとするものである。すなわち、第一段階として台湾と朝鮮における盲啞学校の成立と展開および特殊教育への発展を植民国・日本と対照しながら比較する。第二段階として同時期のアジア・オセアニアにおける欧米植民地、そして植民地本国における盲啞教育と特殊教育について比較し、植民国特殊教育から植民地特殊教育への反映度も探る。第三段階として、台湾と朝鮮の盲啞教育の実態と特殊教育への発展状況を欧米のアジア植民地全体のそれと参照する。ここで、学校の対象、教育の目的と目標、教育成果および社会的効用の変容は、これら三つの段階における共通の検討事項である。この三つの段階の検討によって、植民地と植民国における盲啞教育および特殊教育への展開に関する全体的な状況がある程度把握可能となり、台湾と朝鮮の盲啞教育の歴史的意義についてより妥当な結論を得ることが可能となる」。

 「補遺」があって、総合的研究が「完了」する。マイナーな研究から、マクロなものがみえてくることがあり、植民地の問題から宗主国の本質が明らかにされることがある。その意味において、著者の研究を「仕上げる」ためには「補遺」が必要だったことがわかる。それだけに、著者はこの「補遺」の「結論」に71ページを費やしている。

 「結論-台湾・朝鮮の盲啞教育および特殊教育とアジア等植民地との比較」は3節と「4.むすび」からなり、つぎの「はじめに」ではじまる。「最後に、日本の統治下にあった台湾と朝鮮の盲啞教育の到達点と相違、その理由について、台湾と朝鮮間の比較、そして日本との対照、さらには、東南アジア・南アジアおよびオーストラリア・ニュージーランドの欧米植民地における聾学校・盲学校教育を総合的に参照することにより、台湾と朝鮮の盲啞教育が、どの程度植民地としての問題を共有し、あるいは独自な点があったのか、いかなる意義があったのかを明らかにする。この場合、聾学校・盲学校創設と発展および特殊教育の祖型である欧米モデルを考慮に入れる必要がある」。

 最後の「4.むすび-現代との関連」では、まず「「大東亜戦争」終結による植民地支配からの解放が、台湾・朝鮮の盲啞教育の問題解決あるいは特殊教育への劇的な発展を保証したわけではなかった」と述べて、戦後の変化をたどり、「明らかに植民地時代の盲啞教育が築いたものであり、つぎに述べる台湾・朝鮮の現代的対応も戦前の盲啞教育の遺産とは無縁ではない」としている。

 そして、つぎのように結論している。「台湾・韓国・日本を問わず、今後の聾児と盲児(障害児)の教育の在り方を考える場合、四つの要素を検討することが不可欠である。①盲・聾教育の近代モデル、②欧米先進国が到達した理念と現実、③自国の過去の歴史と資源(近代への対峙の有り様を含む)、そして④対象児数の減少と大きな個人差である(他の障害児についても、原則は同じである)。現代はグローバリズムと新自由主義に翻弄されて、インクルージョンが唯一の解と目される傾向があるが、その実体は国によってかなり異なる。しかも、その実体は周到に計画された結果であるよりは、上記の国際的なトレンドおよび保護者の要望という現実の力学ゆえに、特別学校よりも通常学校におけるインクルージョン形態を採用せざるを得ないことが多い。その結果、採用されたインクルージョンは、合理的であるよりは形式的となる傾向がある。また、インクルージョン選択にあたっては、経費上の低廉が最大の(潜在的)要素になっていくかもしれない(先進国からの脱落が確実視されている日本はその典型例である)。トレンドに盛られた言辞だけによるのではなく、障害児(者)の生涯の生活を見通した教育計画に必要な資源を確保しつつ、対象者数は少ないが個人差の大きい視覚障害・聴覚障害児に適切な教育を提供するシステムの確立という相当に困難な課題への解を案出するに際して、自国の特殊教育の歴史的特質の再検討を回避することは不可能である」。

 本書は、つぎの文章で結ばれている。「「特殊教育」は学術体系の一端に位置しているだけに、その有り様はいつの時代にあっても国力を反映する指標となっている」。日本の学界は、このような「刺激的な経験」にもとづく「研究活動の成果としては微であり寡である」と著者が自認するものをいかに評価するのだろうか。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。