志賀市子編『潮州人-華人移民のエスニシティと文化をめぐる歴史人類学』風響社、2018年2月28日、420頁、5000円+税、ISBN978-4-89489-247-7
本書の目的は、「序章 「潮州人」のエスニシティと文化をめぐって」の冒頭で、つぎのようにまとめられている。「潮汕地域にルーツを持つ潮州系移民の、歴史的、多元的、かつ状況によってゆれ動くエスニシティを、彼らが育み、継承してきた多様な文化との関連から、歴史学と人類学の両方の視点と方法によって描き出すことを目的とする」。
また、「まえがき」では、さらにわかりやすく、つぎのように述べている。「本書は、「潮州人」をテーマとして日本で初めて出版される学術的な論集である。客家に関する書籍は日本でこれまで多く出版されてきたが、潮州人に絞った書籍はなぜか今まで出版されてこなかった。本書が、これまでことさらに問われることのなかった「潮州人とはだれか」、「潮州文化とはなにか」という問いを敢えて発するのはなぜか。「潮州人とはだれか」を問うことによって、いったい何が見えてくるのか。本書をお読みになれば、各章の執筆者の丹念な観察の中から、あるいは斬新な分析の中から、その答えをいくつも見出すことができるだろう」。
この「 」付きの潮州人について、序章で、つぎのように説明している。「公式的な定義とは、「中国中原地域にルーツを持ち、広東省東部沿岸地域という風土のもとに育まれ、その一部は海外へと移住し、移住先においても、民族集団としてのまとまりと、独自の文化伝統、民族気質を継承、維持している人々である」というものである。ここには、あるエスニック・グループを、共通の祖先から発し、現代にいたるまで脈々と引き継がれている「民系」の一つであるとみなす民族観が反映されている」。
「まえがき」では、さらに具体的に説明している。「潮州人は、広東人や福建人よりも少数派であるにもかかわらず、どこの地域でも独特の存在感がある。潮州人といえば、だいたいにおいて勤勉、商売上手、倹約家(吝嗇)、徒党を組む(団結力が強い)、排他的である(自己意識が強い)といった正負相混じったイメージで語られる。潮州文化といえば、潮州料理、功夫茶(工夫茶と表記されることもある)などの独特の飲食文化や潮州劇、潮州音楽などの信仰、民俗、芸術文化が挙げられることが多い」。
本書は、まえがき、序章、2部全9章3コラムからなる。3章2コラムからなる第Ⅰ部では「主として中国本土と台湾」、6章1コラムからなる第Ⅱ部では「香港と東南アジア地域をフィールドとする論文及びコラムを配し」、第Ⅱ部ではとくに潮州系の善堂に焦点をあてている。
「本書はこれまでの華人移民のエスニシティ研究では十分とは言えなかった次の三つの点を補うことを意識して構成されている」。「第一に、客家と比べて日本ではこれまで正面切って取り上げられることの少なかった潮州系移民のエスニシティに焦点をあてる[と]ともに、複数の地域における「潮州人」や「潮州文化」の比較を視野に入れた点である」。「第二は、歴史的な視点を重視し、執筆者にも歴史研究者を加え、近代以前の潮汕地域の社会史や移民史についても多くの頁を割いている点である」。「第三は、華僑華人研究の負の側面、すなわち海外の華人コミュニティにおける中国性の維持・継承を検証することが自己目的化することを避けるために、執筆者に東南アジア研究者を加え、ホスト社会において華人文化がどのように意味づけられているのかという視点を加えた点である」。
そして、編者は、「あとがき」で本書を、つぎのように総括している。「中国から香港、台湾、タイ、ベトナム、シンガポール、マレーシア、さらにはフランスのパリまで辿ってきて改めて思うことは、潮州系移民とその子孫たちのエスニックなカテゴリーや呼称や意識はたとえ変化しようとも、彼らが運んだ文化は、まちがいなくその地において根を生やし、種をまき、新しい芽を生み出しているということだ。台湾南部の影絵芝居で用いられる「潮調」と呼ばれる潮州由来の民間音楽を聴いたときも、またパリの法国潮州会館で、潮州語で念じられる仏教のお経を聴いたときも、そのように感じた。言語が意外に早く忘れられていく一方で、儀礼や音楽がエスニシティを越えて根強く残っていくのはなぜなのだろう。儀礼や音楽のように、慣習的で、身体的、情緒的感覚を伴う文化は持続性があり、また共感を得られやすいからだろうか」。
「むろん、すべての移民の儀礼や音楽に持続性があり、ホスト社会に根を下ろしていくわけではないし、また、すべての中国人移民の儀礼や音楽がそうだというわけでもない。だが、少なくとも言えることは、潮州人の儀礼や音楽が、他のエスニック・グループのものに比べて洗練されており、見ごたえがあって、しかも美しい旋律と音色を持っているということ、さらにはホスト社会において、エスニシティや世代を越えて、そのように評価されてきたということである。つまり潮州人の儀礼や音楽は、それを求めている人々がいたからこそ、生き残ってきたのだと言えるだろう」。
さらに、「潮州人とはだれか」という問いにたいして、つぎのように答えている。「潮州人の「ドライでとっつきにくい」という印象は、初対面のときや表面上のことで、これまで編者が現地調査や資料収集でお世話になった潮州人の多くは、「自己人」(自分たちの仲間)ではない編者を温かく迎え、協力を惜しまず、ときにはおせっかいなまでに「熱情」(親切)な人たちであった。おそらく本書の執筆者たちも同じような思いを持っていることだろう」。
グローバル化のなかで、「世界に活動の場を広げ」る人びとが増え、ハイブリッドな文化が若者を中心に広まっていくのをみていると、本書のような研究は今後難しくなるかもしれないと考えてしまう。その意味でも、本書が出版されたことはおおいに意義がある。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
コメント