石津朋之・立川京一・齋藤達志・岩上隆安編著『ランド・パワー原論-古代ギリシアから21世紀の戦争まで』日本経済新聞出版、2024年4月12日、448頁、4000円+税、ISBN978-4-296-11816-8

 このような本が市販されると、一瞬戸惑ってしまう。実践に役立つということは、人を「合法的に」殺すことを意味する。人を殺すことを避けるための「実践」と思い直して、読みはじめた。

 本書は、「防衛大学校や防衛研究所など、防衛省・自衛隊の各種教育機関での教科書として」書かれた、「ランド・パワーについてその歴史を踏まえながら包括的な解説を試みた啓蒙書である」。各章の終わりには、「キーポイント」と「読書ガイド」がある。

 本書は、序文、はじめに、3部全17章、おわりに、からなる。全体の内容は、帯の表と裏からわかる。表には、「軍事ドクトリン、ロジスティクス、インテリジェンス、連合・統合作戦、国民総武装、水陸両用戦争・作戦、エアランド・バトル、デジタル化などからランド・パワーの本質に迫る」「理論、歴史、実践、将来像を解説する軍事戦略の必読書」「最後の勝敗を決するのは陸上戦力。戦史を題材に運用の論理を解明する」とある。

 裏では、つぎのように概要を説明している。「ランド・パワーは、地上を主たる領域として行動する軍事力(ミリタリー・パワー)である。地上での戦いとは、「ランド(土地、領土あるいは陸地)」という領域に関連した軍事力の行使であり、そこには敵の物理的な破壊を意図した「強制」や「抑止」といった概念が含まれる。伝統的に、軍事力(ミリタリー・パワー)は陸軍力(ランド・フォース、さらにはランド・パワー)とほぼ同義として理解されてきた。その結果、軍事戦略は陸軍戦略とほぼ同義と認識されたものである」。

 章ごとの内容は、「はじめに」で紹介されている。各章で気になったことを、キーワードから拾ってみると、つぎのようになる。第1部「ランド・パワーの理論」は6章からなり、第1章「ランド・パワー-1900~2000年」(ブライアン・ボンド)では、「いわゆる「先進国」の政府は、死傷者が多く出るのを嫌い、理想的には、味方の戦力にまったく被害のない戦争を追求する」。第2章「ランド・パワー-その過去、現在、将来」(石津朋之)では、「ランド・パワーの本質的な機能あるいは役割は人間の支配であり、その手段としての「ランド」の支配である」。第3章「軍事ドクトリン-知性の戦力化」(齋藤大介)では、「軍事ドクトリンは、軍事問題を解決する一定期間有効なパラダイムであり、ある因果関係をもとにした「勝利の理論」である」。第4章「ランド・パワーとロジスティクス」(石津朋之)では、「ランド・パワーを効果的に運用するためには、ロジスティクスの確保および維持が不可欠である」。第5章「ランド・パワーにおける指揮」(齋藤大介)では、「指揮を構成する要素には、意思決定、統御、統制があり、時には情報処理や管理などがそこに含まれるが、その本質はなすべきことを決定する意思決定である」。第6章「ランド・パワーにおけるインテリジェンス-日本陸軍を事例として」(井上嘉史)では、「軍事インテリジェンスの目的は、敵の意図と能力および地形等の環境を明らかにすることである。軍事インテリジェンスは、指揮官の意思決定を支援するものであり、戦闘力の発揮を効率化する戦闘力の要素の1つである」。

 第Ⅱ部「ランド・パワーの歴史」は8章からなり、第7章「古代ギリシア・ローマの戦争-戦いの叡智と知られざる銃火器以前の戦争」(フィリップ・セイビン)では、「古代の戦いにおいては、近代と異なり、数的優勢よりも精神要素が重要であった」。第8章「西部戦線での統合あるいは諸兵科協同作戦-1918年」(デイヴィッド・スティーヴンソン)では、「連合国側の協同(統合)が始まったのはインテリジェンス(情報)活動が最初である」。第9章「第二次世界大戦における連合・統合作戦-イギリスとアメリカを中心に」(ウィリアムソン・マーレー)では、「第二次世界大戦中の英米両軍の経験から、現代を生きる私たちは連合・統合作戦に関する数多くの有益で重要な教訓を学ぶことができる」。第10章「国民総武装-ヴェトナム戦争を中心に」(齋藤達志)では、「国民総武装は、ランド・パワーにおける重要な要素となりうる。いかに国民を総武装させるかがランド・パワーを成功させる鍵である」。第11章「シー・パワー的ランド・パワーとしての水陸両用戦争・作戦-日本軍を事例として」(二宮充史)では、「陸軍主導陸海軍協同の日本軍の水陸両用戦争・作戦は、日本列島周辺の大陸沿岸での戦争において発展したものであり、第二次世界大戦の太平洋戦域において広大遠隔の海洋での戦争・作戦には適応できず、アメリカ軍の強力な海空軍と統合作戦の前に敗退することとなった」。第12章「日本陸軍による水陸両用師団の運用-太平洋戦争期の第5師団の場合」(立川京一)では、「部隊を有効に運用するには、その能力を発揮しうる条件が整った戦場で用いるべきである」。第13章「内戦作戦と外線作戦-ランド・パワーとビルマ防衛作戦」(齋藤達志)では、「ランド・パワーとは何か、またその基幹的構成要素の陸戦とは何か」。第14章「日本陸軍の宣伝戦-南方軍の『宣伝戦』を中心に」(岩上隆安)では、「総力戦となった第一次世界大戦では、戦線の膠着状態を打開するために宣伝が活用された」。

 第Ⅲ部「ランド・パワーの現在と将来」は3章からなり、第15章「エアランド・バトルと現代戦」(カーター・マルケイジアン)では、「エアランド・バトルは現代の戦略環境には適していない」。第16章「陸軍のデジタル化とイラク戦争-戦場の情報化」(阿部昌平)では、「アメリカ陸軍のデジタル化は、情報化時代の到来と冷戦終結に伴う軍縮の圧力のなかで始まり、情報技術の活用による戦闘指揮能力の向上を通じて部隊の戦闘力、機動力、そして生存性を高めることを狙いとして始まった」。第17章「ランド・パワーの将来構想の軌跡と展開-アメリカ陸軍マルチ・ドメイン・オペレーション構想を中心に」(小橋史行)では、「ランド・パワーの将来構想は陸海空といった各軍種の将来構想を併せて統合のレベルで将来構想を総合的に見積もり、最終的には、その検討結果が陸軍種に反映される」。

 本書は、15年前に「エア・パワー」「シー・パワー」に続く第3弾として企画されたという。その間の変化について、「おわりに」でつぎのように述べている。「湾岸戦争以来、全盛を誇っていたエア・パワーが対テロ戦争の長期化とともに、その独り勝ちの様相に陰りが見え始め、ランド・パワーの価値は次第に見直されるようになった。加えて、陸海空3軍種の統合運用や諸兵科の協同作戦が世界的にますます重要視されるようになった。防衛省・自衛隊における統合幕僚監部の創設や、のちの陸上自衛隊水陸機動団の編成などは、そうした傾向を象徴する事象である」。

 「さらに、ハイブリッド戦やマルチ・ドメインといった新たな形態が将来戦の中心をなすかが論じられる半面、ウクライナやガザ地区における実際の戦闘では、塹壕戦や地下陣地の構築といった先祖返りの様相が見られる。同時に、認知戦という言葉は現代風であるが、宣伝戦(プロパガンダ)」の重要性も再認識させられている状況である。つまり、今日のランド・パワーは一段と多様性を求められるようになっているわけであり、そうした点は本書の構成にも表れている」。

 そして、15年前に「想定していた執筆者は内外の文官研究者が大半」であったのにたいして、「本書の執筆者は、半分以上が現役の自衛官、もしくは、退官後間もない元自衛官である。文官研究者は半数に及んでいないのである」。「まだほんの一部ではあるにせよ、軍事史における自衛官による研究成果は、従前とはかなり様子を異にするものとなってきている」。

 本書から、よくいわれる戦争が科学技術の発展に貢献するということだけでなく、さまざまな分野に貢献することがわかった。だが、それが戦争を肯定する理由になってはいけない。現役自衛官が増えたいうことが、「実践」が迫っていることを意味するものではないことを願う。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。