鈴木早苗『ASEANの政治』東京大学出版会、2024年7月19日、211頁、3900円+税、ISN978-4-13-030192-3
カバー写真の、つぎのような説明が見返しにある。「ASEAN事務局に2019年完成した新ビル1階エントランスの天井の照明である。そのデザインは、ASEANのロゴの中心にある10本の線を束ねたものがもとになっている。これは稲穂の束をイメージしており、それぞれの線(稲の茎)は加盟国を示している。東南アジア地域が稲作文化圏であることから稲穂のイメージが使われたと考えられ、束は友好と連帯を象徴する。ちなみに、ASEANのロゴには、全加盟国の国旗に採用されている主な色が使われており、青は平和と安定、赤は勇気とダイナミズム(力強さ・活力)、白は純潔、黄色は繁栄を表現しているとされる」。
本書の目的は、序章「ASEANをどうとらえるか」で、つぎのように書かれている。「東南アジア地域に関する記事にたびたび登場するようになったASEANは、1967年に設立され、50年以上存続する地域機構である。その歴史は、加盟諸国の対立や協調の政治である。本書では、ASEANの名の下に、加盟諸国がどのような対立を抱え、協力を進めていったのかを分析することで、ASEANが東南アジアの代名詞になっていくその過程を追う」。
本書は、序章、全6章、終章などからなる。「序章」の最後に「4. 本書の構成」がある。第1章「脱植民地化・冷戦とASEAN」では、「ASEAN諸国が置かれた国際環境を把握するため、歴史的な視点として、脱植民地化が地域協力に与えた影響を取り上げる。第二次世界大戦後、地域主義の波が起き、その様相には多かれ少なかれ植民地の遺産が反映されていた。タイを除く東南アジア諸国の脱植民地化を経験し、国家建設に邁進する中で、ASEANに何を期待したのかを描く」。
第2章「ASEANの政策決定」では、「ASEANの組織的特徴を主権制約の観点から説明する。ASEANや他の多くの地域機構は、EUのモデルを少なからず参照する一方で、政府間主義的性格も保持してきた。この点についてASEANの経験を示しつつ、特に、ASEANの政策はどのように策定されているかを深掘りする」。
第3章「政治安全保障」第4章「経済統合」第5章「非伝統的安全保障」第6章「域外国・地域との関係」では、それぞれ「協力のあり方と主権の制約との関係を分析する。政治安全保障は、主権の制約が起きにくい分野である。ここでは、ミャンマーへの関与など具体的な例を使って、加盟各国の政治体制の変動が地域機構の内政不干渉原則にもたらす影響を検討する。一方、経済統合は比較的、主権の制約がみられる分野である。経済統合は深化すればするほど、主権の制約が求められる。政府間主義からの逸脱例として、ASEANの経済統合はどの程度、主権を制約しているのか、また、その動きをもたらしたものは何かを検討する」。
「一方、非伝統的安全保障と域外国・地域との関係は、政府間主義に基づく地域協力を基本としながら、一部でその変化の兆しが確認できる分野である。両分野とも、ASEAN憲章の発効後に作られた制度・組織が一定の役割を果たしており、主権の制約との関連性が議論される。非伝統的安全保障は、越境的な問題ではあるが、その影響が主権国家の排他的支配の対象である人々に及ぶというジレンマを抱えている。ASEANでは、一部の加盟国の要請により、環境や移民労働者などの問題で協力が進められているが、さまざまな課題があることを示す。域外国・地域との関係においては、相手の域外国・地域の戦略や、地政学的な観点も大きく作用するため、加盟各国の利害も多様化しやすい。域外に対して地域機構としての統一姿勢がとれるかなどの観点から、ASEANと域外国・地域との関係を具体的な事例とともに考察する」。
終章「ASEANはどこに向かうのか」では、「主権国家体系と共存する地域主義のあり方を総括し、ASEANの将来について展望を示す」。
そして、つづけてASEANの政治を学ぶ意義を3つにまとめて、序章を締めくくっている。「第1に、国際政治における基本的な構造や相互作用の理解を深めることにつながる。対立と協調の政治は、ASEANに特有というよりは、国家間関係の基本的な特徴である」。「第2に、地域主義と主権制約の関係について学ぶことができる」。「ASEANは他の地域機構と比べ、主権制約の少ない機構である」。「第3に、地域の平和共存や経済的繁栄における地域機構の役割について考える機会となる。さまざまな制約や批判がありながらも、ASEANは設立から50年以上、存続してきた。その歩みは、短期的にみれば、対立の歴史だったのかもしれない。しかし、長期的にみれば、合意の蓄積ということができる。このことは、程度の差はあれ、加盟諸国にとってASEANが重要であり続けたことを意味している。その役割はEUや他の地域機構とは異なるものなのか。こうした問題についてASEANという事例は、読者の関心を惹きつけてくれるものと考える」。
この問いにたいして、終章「1.政府間主義モデルの可能性」の最後で、つぎのように答えている。「ASEAN諸国は対立と協調を繰り返しながら、長期的にはさまざまな合意を蓄積し、協力を拡大してきた。その歴史には、ASEANという地域機構に多くを期待せず、できるところから協力していくという姿勢が貫かれている。ASEANに過度な期待を抱いているのは、むしろ域外のアクターであり、域外からは、ASEANには問題解決能力がないなどの批判はよく聞かれる。地域機構は広く国際機構、さらにいえば国際制度の一つである。国際制度は本来、国家間の相互作用を管理するが、管理の形態や仕方はさまざまである。ASEANの事例は、地域機構のような国際制度が国家間協力を深化させるのにどのような役割を果たすのかについて一つの答えを提供する。それは、あくまで主権国家体系を中核に置いた政府間主義に立脚するものであり、国家に似たガバナンスを目指すEUとは異なる」。
「2.ASEAN共同体と協力の深化」では、つぎのように結論して、本書を閉じている。「設立以来、ASEANの協力は加盟国政府主導である。その性質はこれからも基本的に維持される。妥協できる限りの主権制約に合意し、その方法を工夫することにより、協力を深化させるという方向性も変わらないだろう。しかし、人の交流は活発になり、ASEANの協力は、人々の生命や生活、経済活動にまで及ぶようになった。政治指導者の意図はさておき、結果として、こうした変化が、人々の相互交流や相互理解、認識の共有にどう影響するか(あるいはしないのか)。主権国家体系と共存しながら、加盟国間、および、人々の間の平和的紛争解決の規範共有や共通のアイデンティティの醸成に向けて、ASEANの挑戦は続いていく」。
国際制度でありながら、制度化が進んでいないASEAN加盟諸国では、制度を軽視することがある。事前の非公式対話で合意していなければ、態度を保留する。そんなASEANウェイに翻弄される域外国・地域はいらだつ。制度的に理解しようとする社会科学者にとっても、ASEANは厄介だ。だが、そんなASEANにたいして、著者は楽観的で、1階エントランスの天井の照明を見上げている。非公式対話の場になっている2年おきに開催される東南アジアゲームに加盟国が揃って参加している限り、「ASEANの挑戦は続いていく」だろう。ASEANにとっての東南アジアゲームの重要性は、なかなか社会科学者にはわかってもらえないのだが、著者にはわかってもらえたようだ。もし、本書にわかりづらいところがあるなら、それこそがASEANウェイの結果で、読者は著者が言わんとしたことを理解したことになる。ASEANウェイ満載で開催される東南アジアゲームを人びとは、なんだかんだといいながら愉しんでいる。域外国・地域にわからないことこそ、50年以上存続してきた核心であり、「わからない」ことからASEAN研究ははじまる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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