太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』晃洋書房、2023年3月29日、398+5頁、6800円+税、ISBN978-4-7710-3741-0
『社会経済史学』90巻2号(2024年8月)に掲載された本書の書評は、「副題に「新視点」、帯に「視点の大転換」とある」ではじまる。一言で言えば、「新視点」や「視点の大転換」と言うのであれば、研究史を丁寧に洗う必要があるという内容だ。
だが、この書評が掲載されるまでに、不可解なことがあった。2024年5月に「「社会経済史学」第 90 巻 2 号に掲載させていただくことになりました」という通知が、メールの添付ファイルで届いた。びっくりした。2023年6月に社会経済史学会事務局から書評執筆の依頼があり、「「12月末ごろまでに最終稿を頂戴できれば、来年の新年号(2月下旬に刊行予定)に掲載させていただく予定」とのことだった。だが、12月22日に原稿を送ってから、なんの連絡もなかった。刊行予定の2024年2月に発行された『社会経済史学』89巻4号を見てびっくりした。「海域アジア経済史研究の回顧と展望」と題した特集号で、第91回全国大会(2022年5月1日)のパネル・ディスカッションで報告された論考が並んでいた。もし、このことを知っていれば、書評の内容も変わっていた。実際、パネルでも研究史を基本に議論が展開されているので内容がダブっていた。この特集の2号後に、この書評が掲載されれば、なにか2番煎じのような印象を受ける。わたしの書いたことは、2003年に出版した『海域イスラーム社会の歴史』(岩波書店)などに基づいていて、この特集を参考にしたわけではない(学会員ではないので、もととなったパネルについておこなわれたことも知らなかった)。内容がダブっているだけに、この書評はボツになったのだろうと思い、なんの連絡もないことに憤りを感じていた。そんなときに「掲載通知」がなんの断り書きもなく届いたのである。一度は、原稿を引き揚げようとも思った。ここで問題となるのは、意図的であってもなくても、同じようなテーマであれば、同じような内容になり、場合によっては「盗作」と受けとられることがあるということだ。特集の2号後に掲載されることに、いい気はしなかった。
分野が同じならば、無意識であれ「盗作」ととられることは、先行研究を充分に把握していなかったことで、執筆者に責任がある。ところが、分野が近いと判断が分かれることがある。たとえば、インドネシアとフィリピンの日本占領期研究の場合、研究の進んでいるインドネシアについて、フィリピン研究者が参考にし、参考文献にあげずに持論として展開したらどうなるのだろうか。激戦地フィリピンでは日本兵の戦死者は51万8000人、それにたいしてインドネシアは3万1400人であった。インドネシアで多くの資料が残されているのにたいして、フィリピンでは残っていないだけでなく、生存者はあまりに悲惨な体験をしただけに多くを語らない。文献資料も口述資料も圧倒的に豊富なインドネシア研究は、フィリピン研究にとって参考になる。インドネシアの事例を参考文献にあげずに、フィリピン研究者があたかもオリジナリティであるかのように議論すれば、インドネシアの事例を知っている者は「盗作」と受けとらないまでも、新鮮味を感じないものとして読み、当然評価は低くなる。
逆もあるかもしれない。フィリピンのようなマイナーな分野の研究を参考に、メジャーな分野の者が「オリジナリティ」として書けば、それが一般に評価され、フィリピンのオリジナリティは後景に退いて評価されないことになるかもしれない。
わたしも、反省することがある。『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』(岩波書店、2007年)の帯には、「いまを再び「戦前」にしないために」と大書してある。ところが、後日、佐藤喜徳編『集録「ルソン」』(全70号、1987-95年)に書かれていたことに気づいた。おそらく、わたしはここからとったのだろうが、『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』を書いたときには、すっかり忘れていた。どこかで、書いておくべきだった。
このような経験をすれば、いかに「新視点」や「視点の大転換」と書くことに、慎重にならなければならないかがわかる。キャッチフレーズにはいいが、安易に使うべきではない。雑誌の編集委員会も、その号だけでなく、前後の号の内容にも気を配らなければならないだろう。この特集号にあてて、この書評を依頼し、それを知らせなかったのであれば、さらにいい気はしない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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