戦後空間研究会編『戦後空間史-都市・建築・人間』筑摩選書、2023年3月15日、310+viii頁、1800円+税、ISBN978-4-480-01769-7

 帯に「戦後は終わらない」と大書され、キーワードとしてあげられている「冷戦 高度経済成長 持家社会 革新自治体 まちづくり バブル経済 オウム真理教 アジア戦後賠償 郊外のスポンジ化 東日本大震災……」とどう結びつくのか、よくわからなかった。読みはじめても、しばらくは、どう話がつながっているのかわからなかったが、不思議なことにだんだんなんとなくわかってきたような気になってきた。それは、たぶん思いつきではなく、研究会でシンポジウムをおこなってきた成果だからだろう。本書の執筆者は、随時シンポジウムの登壇者の発言を参照している。

 シンポジウムについては、「戦後空間の名のもとで-はじめに」の「研究会について」で、つぎのように説明している。「本書に関わる活動は、二〇一七年に一般社団法人・日本建築学会内に設けられた特別研究委員会を母体としている。戦後生まれの集落・都市・建築史研究者、そして学究的な建築設計者を中心とした。研究会内の六名がモデレーターとして、おおよその年代や領域的まとまりによってトピックを決め、登壇者を検討しながらシンポジウムを行った。登壇者は、都市・建築領域に加え、社会運動史、経済史、政治史などの研究者、在米研究者、ジャーナリスト、シンクタンクのリサーチャーかつ翻訳家など多岐にわたった。またコメンテーターに、なるべく当時の立役者に参加いただき貴重な証言をいただいた(その内容はいずれも既にインターネットで公開されている)。本書はシンポジウム記録を単に書籍化したのではなく、シンポジウム終了後にそのモデレーターたちがシンポジウムの成果をもとに、当初の目論見をさらにヴァージョンアップして新たに独自の視点で書き下ろしたものである。各章の執筆において何回も意見を交換し、含むべき要素を検討しあった」。

 「はじめに」では、まず「戦後空間とは何か」を問うて、つぎのように説明している。「まずは「戦後」。私たちは建築や都市の歴史についての研究者であったから、一九四五年の敗戦とともに生じた日本の「戦後」が構築しようとしていた都市・建築のビジョンを再検討するとともに、なお生き残っているその積極的価値、課題を抽出してみたいと考えた。当時は第二次安倍政権下、露骨なまでに、戦後を歴史化させようとする風潮が押し寄せてきていた」。「つぎに「空間」。むしろ歴史をまるで建築を構築するように、つまり「空間」として描くことはできないか。この問いこそが実に魅力的だった」。

 「都市や建築の実際の計画や建設活動のみならず、それらに関する政策・事件・言説・生活体験・文化事象等を柔軟に対象とし、それらを緊密に結びつけた領域のかたちが「戦後空間」なのだ。またそれこそが、時代が形作った実体的な空間をも示唆しうるだろう。本書はその先駆的、発端的な成果としてまとめられた」。

 そして、「はじめに」の最後に、「戦後は歴史化されたか」と問い、つぎのように答えている。「今、原稿の全体を眺めながら、その戦後空間を想起している。その結果として、果たして戦後は過去の一ページとして歴史化されたか、についてその印象を端的に述べておきたい」。「戦後は生きている。戦後は、たとえば農地改革をはじめ、そう簡単に変わるはずのない大きな慣性を日本の国土にすでに刻みつけてしまった。戦後は初期の目的を一部違えつつ、生きつづけている。私たちは、その変質した空間からの深い影響の中で生きている」。

 本書は、はじめに、全6章、終章などからなる。終章「引き裂かれる戦後空間」の「1 充足を超えて」の最後で、「戦後空間のなかの<都市・建築・人間>」の見出しのもと、各章の要約をおこなっている。

 第一章「民衆・伝統・運動体-冷戦と復興、文学と建築、リアリズムとモダニズム」は、「冷戦体制を背景に建築と文学の運動がいかに民衆に接近しようとしたのかを比べ、一九五三年には早くも両者が袂を分かちはじめることを明らかにしている」。

 第二章「技術・政策・産業化-一九六〇年代、住宅の現実と可能性」は、住宅が一九七〇年頃にはその量的充足を達成したにもかかわらず、その後も多量に供給されつづけてきた事実に注意を促す」。

 第三章「革新・市民・広場-人間性の回復を目指した革新都市づくりのレガシー」では、「都市化が進むなかで、他ならぬ都市住民が、戦後的な理念に照らした自己認識=政治意識を生み出したことに注目している」。

 第四章「バブル・震災・オウム真理教-二〇世紀末、流動する戦後空間と建築」は、「生活の実体を置き去りにした経済の自走とイデオロギーの崩壊と戦後久しくなかった大震災がもたらした戦後空間の深い動揺を描き出している」。

 第五章「賠償・援助・振興-戦後アジアにおける日本建築の広がり、およびそれを後押ししたもの」は、「戦後日本のアジア開発への関与に目を向け、戦前の帝国主義との連続性に注意しながら、一国主義的な「戦後空間」の国際的な貌を明らかにしている」。

 第六章「都心・農地・経済-土地にみる戦後空間の果て」は、「開発主義的な戦後日本を「土地」の視点から見直し、土地がそなえるべき公共性を漂白しながら進んだ土地の「商品化」を検証している」。

 そして、終章の最後を、つぎのパラグラフで結んでいる。「国家、都市、村、家族、身体。戦後空間がつくりあげてきたものに取り巻かれながら、それを出発点として、私たちは自らが生きる空間をどう組み替えていけるのだろうか。この問いは今日切実さを増している。戦後空間は終わらない」。

 帯にある「戦後は終わらない」と結論の「戦後空間は終わらない」は、いっしょなのだろうか。空間がある限り終わらないということは、なにを意味するのだろうか。「戦後」だけではない。すでに歴史化した「空間」は、歴史的建造物にあるといえるのか。建築家が考える「都市」「人間」とはなにか。「戦後空間は終わらない」のであれば、「戦前空間」「戦中空間」も終わらないのではないのか。「空間」はいつ終わるのか、永久に終わらないのか。いろいろと考えさせられる問題を、突きつけられた。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。