村田麻里子『思想としてのミュージアム-ものと空間のメディア論 増補新装版』人文書院、2024年6月30日、329頁、3800円+税、ISBN978-4-409-24163-9

 県立図書館と併設されている博物館、美術館に、65歳以上無料ということもあって覗いてみることがある。市内から日に数本しかないバスで、往復1000円以上払わなければいけないところもある。公共施設だと思うのだが、「来るな」と言っているようにも思える。だが、市内の便利のいい所にありながら、入館者は無料で入っているわたしだけというときもあるので、広々とした郊外の方がいいということになるのか。いずれにせよ、財政的に「お荷物」になっている。

 本書「プロローグ-ミュージアムを異化するメディア実践」は、つぎの文章ではじまる。「ミュージアムとは社会にとってどのような存在なのだろうか。それは私たちの社会の何を体現し、どのような「意味」を媒介させているのだろうか。本書は、これらの問いに、メディア論の視点から取り組むものである」。「華やかなイメージの裏で、博物館・美術館と呼ばれる施設の窮状が叫ばれて久しい。その原因は、予算・人員の削減や制度的変化といった、目にみえるものにひとまず求められるが、より突き詰めていくと、その背後にあるミュージアムと社会との関係や、コミュニケーションの問題に帰着する。本書は、ミュージアムという物理的で実体的な存在を、社会の様々なメッセージを媒介させているメディア(媒体)として捉えることで浮かび上がる、ミュージアムの思想、コミュニケーション、そしてその社会的な意味について考えることを目指す」。

 以下、「プロローグ」の見出しとして、「ミュージアムというブラックボックス」「ミュージアムの政治性」「ミュージアムはメディアである」「ミュージアムの組織と制度」「ミュージアムを異化するメディア実践」「本書の目的と構成」がならび、最後に「ミュージアムの定義」がある。

 「ミュージアムの定義」では、「ミュージアムとはきわめて多層的な概念である」と述べた後、つぎのように説明している。「ひとくちにミュージアムと言っても、その組織や制度を指すこともあれば、物理的な施設や建物を指すこともある。作品としての建築や展示の内容など、より質的なものを指すこともあれば、これらを組み合わせた意味合いでも使用される。また、本書では、ミュージアムをひとつの「思想」として捉えているため、必ずしも実体的な概念として使用しているとは限らない。したがって、文脈に応じて異なる射程やニュアンスで使用していることを確認したうえで、基本的な定義だけ押さえておこう」。

 そして、つぎのように国際博物館会議(ICOM)による説明をしている。「ミュージアム(museum)とは、「社会とその発展に貢献し、研究・教育・楽しみの目的で人間とその環境に関する物質資料を取得、保存、研究、伝達、展示する公共の非営利常設機関」を指す。もう少し噛み砕いて言えば、モノを蒐集し、そのコレクションを保管し、公開することで社会に貢献する公共施設がミュージアムである。また、日本の法律では、ミュージアムは「博物館」と呼ばれ、設置主体を制限したより限定的な定義になっている。しかし、実際には、博物館法の適用を受けない施設のほうが圧倒的に多く、そのため「博物館」という言葉も、ICOMの「ミュージアム」の定義に近い形で使用される場合がほとんどである」。

 本書は、プロローグ、全5章、エピローグ、あとがき、からなり、「増補新装版のための補論」として、「ミュージアムの苦悩と再生-なぜ脱植民地化するのか」が加えられた。

 第1章「ミュージアムのメディア論-研究の枠組と方法」では、「なぜミュージアムをメディア論の視座から扱う必要があるのか、これまでの博物館学の在り方も整理・検討しながら、研究の視点や方法論を明確にする」。

 第2章「ミュージアム空間の思想」では、「ミュージアムという空間の思想について検討する。人々の文化を蒐集し、展示(表象)するミュージアムというメディアにおいては、必然的に集める/集められる、視る/視られる、語る/語られるといった文化と権力をめぐる問題が様々なレベルで日常的に発動している。視角の快楽を目的とする空間が、社会の中で「生産」されていく様子について、西洋近代という時代から考える」。

 第3章「「ミュージアム」から「博物館」へ」および第4章「メディア・象徴・メッセージ」では、「そうした「ミュージアムの思想」が、果たしてどのように日本に移植され、「博物館」になっていったのかについて、歴史社会学的に考察する。明治期の近代化政策として導入された博物館という制度は、他のアジアの植民地と違い、日本政府自らが率先して導入したという点において、きわめて興味深い事例である。では西洋近代に生まれたミュージアムの思想を、明治期の日本という社会に移植すると、果たしてどのようなことが起きるのだろうか。積極的な「学び」の結果、日本に誕生したミュージアムの空間とはどのようなものなのか、その社会的な意味について考える」。

 そのうえで、第5章「二一世紀におけるミュージアム空間の変容」では、「より現代的なミュージアム状況について考える。過度にグローバル化し、メディア化した現代社会の中で、ミュージアムと、それを受容する私たち(オーディエンス)はどのような関係性の変容を遂げているのか。これまでの考察をいかし、欧米とアジア(日本)を対比させながら、ひとつの見取り図を描いてみる」。

 最後に、「エピローグ-日本のミュージアムの今後と、周縁的であることの可能性」では、「今後もミュージアムについて考え続ける手立てを、これまでに手掛けた実践にも触れながら、検討」する。

 「あとがき」では、まずつぎのように現在の研究状況を紹介し、本書で試みたことをまとめている。「かつてミュージアムに関する研究は、ミュージアムという物理的で実体的な場所の運営や理念を(主に教育学的に)扱うものに限られていた。しかし八〇年代以降、ミュージアムを何かしらの政治的・社会的・文化的な意味や意図の書き込まれたメディア(媒体)として捉える視点から書かれた本が、日本国内でも散見されるようになった。人類学、社会学、思想史等の領域におけるこうしたミュージアム研究は、現在徐々に増えている」。

 「本書が、メディア実践。メディア文化研究、メディア史という三つのアプローチを併用してメディア論という視座からミュージックを考察してきたのは、このような認識から出発しているからである。筆者はこれまで、理論と実践、研究と現場という容易には接続しがたい両者の往復運動を試みることや、双方を接続可能なものにする手立てについて考えてきた。もちろん、本書によってその深い溝を埋められるなどと大それたことを考えているわけではない。しかし、第1章でも述べたように、重要なことはメディア文化研究やメディア史というアプローチが、実践的なものと思考的につながっていることであると考えてきたし、本書はそのささやかな試みとなっていることは自負している」。

 そして、著者は、「増補新装版のための補論」を加えた理由について、つぎのように説明している。補論は、「この十年の動きを踏まえた「現在」について書いたものであるため、本論との間に少しギャップがあるかもしれない。第5章では、グローバリゼーションに伴う西洋のミュージアムの「和解」の必要性や、ミュージアムの公共性の在り方が問われ始めているところまで書いた。そして、ミュージアムが先に進むためには、過去を徹底的に振り返る必要があることが、さらにはっきりしたのがこの十年だったといえる。それは筆者の予想をはるかに超えて前景化し、日本の博物館にとっても決して他人事ではないことがあきらかになった(この点に関しての筆者の十年前の認識もまた甘いものだったと言わざるを得ない)。ミュージアムが新たな公共性を模索する際に重要になるのは、歴史認識と、高度資本主義社会における立ち位置の再検討である。過去と向き合いはじめたミュージアムの動向を追ったこの補論は、これらについて論じる次作への入口だと考えてもらえるとよいかもしれない」。

 たしかに、巻末の「引用・参考文献一覧」「参考引用文献一覧」を見ると、この分野の研究が発達し、多岐にわたっていることがわかる。それだけに、「二一世紀のミュージアムの今後について考える」にあたって、「周縁的なるもの」をみつめ続けることが重要であることが理解できる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。