川上泰徳『ハマスの実像』集英社新書、2024年8月14日、284頁、1050円+税、ISBN978-4-08-721326-3
知りたいことが書いてあった。だが、解決にはほど遠いと感じた。
本書の概要は、表紙見返しに、つぎのように書かれている。「二〇二三年一〇月、ハマスがイスラエルに対し大規模な攻撃を仕掛け、世界は驚愕した。しかし日本ではハマスについてほとんど知られておらず、単なるテロ組織と誤解している人も多い。ガザの市民の多数が支持するこの組織は一体どんなものなのか。何を主張し、何をしようとしているのか。そしてパレスチナとイスラエルの今後はどうなるのか。中東ジャーナリストの著者が豊富な取材から明らかにする」。
問題をどこまで遡ればいいのかわからないほど根は深いが、とりあえずは著者が朝日新聞社のカイロ駐在特派員になった1994年あたりから考えることにしたい。赴任早々の著者がまず目のあたりにしたのは、つぎのようの状況だった。「イスラエルとPLO(パレスチナ解放戦線)との間で93年に調印された歴史的な和平合意「パレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)」が、94年5月からガザとヨルダン川西岸で実施され、パレスチナ自治の始まりを取材した。2001年からエルサレム駐在となり、その前年に始まった第2次インティファーダ(民衆蜂起)の中で、和平の希望が日々、崩れて」いった。
「ハマスはオスロ合意に反対する立場で、イスラエル・パレスチナ問題のいろいろな側面で関わっていたことから、1994年以来私は、様々な局面で取材した。2001年には、ハマスの創設者で精神的指導者だったアフマド・ヤシーンにインタビューしたこともある。90年代のハマスは「オスロ合意」に反対し、特に「自爆テロ=殉教作戦」という手法をとってきたためパレスチナの中でも影の存在だった。しかし、2000年代になってオスロ合意が崩れ、和平への希望が潰えた時、それまで影だったハマスは、パレスチナ人の間でイスラエルに対抗する希望を与える存在となった」。
「ハマスには政治部門と軍事部門があり、政治部門にもガザや西岸のパレスチナにいる政治リーダーと、パレスチナの外にいる政治リーダーがいる。さらに、イスラムの教えに基づいて貧困救済や孤児救済を行う社会慈善組織がある。一口にハマスと言っても、いくつもの顔がある。それぞれの部門が、それぞれの視点から主張する」。
本書は、はじめに、全10章、おわりに、参考文献などからなる。第5章まで時系列に説明した後、第6章「ハマスのイデオロギー」第7章「ハマスの政治部門」第8章「ハマス支配と封鎖」とハマスの内部に立ち入り、第9章「カッサーム軍団の越境攻撃」で現状を理解しようとする。そして、第10章「ハマスとパレスチナの今後は?」で展望を試みる。
第10章の最後の見出し「ハマスに求められる課題」で、著者はつぎのように解説している。「政治部門と軍事部門が指揮系統が分離し、政治部門も海外の政治局と現地指導部があるなど、意思決定の分かりにくさを明確化する必要がある。政治指導部の政治局が海外にあるのは、イスラエル軍によってパレスチナ占領地で現地組織が根絶されても、組織として存続するためである。加えて、海外に指導部があることで国際的視野で問題に対応できる利点がある。本書でも指摘したように、オスロ合意への対応や、2006年の選挙公約の策定は、現地だけに任せていては出てこない国際的な視野が生かされている。しかし、イスラム組織はモスクを中心に支持者を集めて社会運動を組織し、そこから政治運動も始まることから、支持者と距離的、心理的に離れた海外指導部の決定が、どこまでパレスチナの現地指導部や軍事指導部で実行されるのかという疑問もある。それは海外指導部と現地指導部の齟齬や対立が生まれる要因ともなるだろうし、国際的な視点から見れば、運動を統制しなければならない局面で、イスラエル占領下で戦う現場のメンバーの思いや感情が優先されたり、制御不能になったりしないかという懸念もある」。
本書を読むと、2023年10月のハマスの越境攻撃は、1993年の「オスロ合意」後のイスラエルの占領地拡大にあることがわかる。「おわりに」で、つぎのように説明している。「占領実態を端的に示すのは、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地の増加、拡大である。イスラエルの平和組織「ピース・ナウ」によると、オスロ合意が締結された1993年の入植地人口は11万6000人、2006年にハマスがパレスチナ自治評議会選挙で勝利した都市[年]の入植地人口は26万人、2024年には50万人に達するという予測もある」。
1917年のパレスチナの人口70万の6%に過ぎなかったユダヤ人が、36年には38万人となり、全人口137万人弱の28%まで急増し、47年にイスラエルが独立したときには63万人、32%までなった。そして、国連分割決議で56.5%の土地が配分された。その後も、ユダヤ人の占領地は拡大の一途を辿り、今日までつづいている。アラブ人が怒らないわけがない。双方に理由はあろうが、無差別「殉教」や子どもの犠牲は許されるわけがない。本書では「パレスチナ人の7割がハマスの越境攻撃を支持」と書かれているが、最新の報道では5割を割ったという。ネタニヤフ首相の支持も以前ほどではないだろう。双方とも民衆は、長期化にうんざりしているのではないか。
かつてはアラブ人とユダヤ人が共存していたこともあったパレスチナを、ここまで関係悪化させた責任は、国連はじめ国際社会にあることは明白である。当然、国際社会の一員として、日本にもあることを日本人はもっと認識すべきだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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