仲里効『沖縄戦後世代の精神史』未来社、2022年11月30日、250頁、2800円+税、ISBN978-4-624-01200-7

 戦争中、沖縄の民間人は集団自決へと追い込まれ、生き残った日本兵は本土へ帰っていった。戦後、アメリカ軍のジェット機墜落事故で、アメリカ兵のパイロットは事前にパラシュートで脱出して助かり、墜落した機体でなぎ倒された民家や小学校で17人が死亡し、210人が重軽傷を負った。沖縄の人びとにとって、日本本土とのかかわりも、駐留アメリカ軍とのかかわりも、いつも自分たちが犠牲になり、日本人もアメリカ人も難を逃れる、なんともいえない理不尽さがつきまとう。本書は、そんな沖縄と「50年かけて50年前と出会う」旅である。

 帯の表に、つぎのように本書の概要が書かれている。「「復帰」という名の併合をめぐる闘争を生きた世代の思想と苦闘の生涯を探訪する記録。沖縄戦後世代の鏡と窓、交差と越境、精神史にして思想の地図。沖縄の人びとはこれからどう生きるべきかへの指針の書」。

 本書は、「季刊『未来』の二〇二〇年冬号から二二年春号まで《残余の夢、夢の回流》の題で、二年にわたり一〇回連載されたものに、沖縄の季刊誌『脈』に発表した二本を加えて」、2部構成にまとめたものである。「Ⅰ 旅する<沖縄>、残影のチジュヤー」は5本からなり、「旅を共にしたのは、中屋幸吉、友利雅人、松島朝義、佐渡山豊、島尾伸三」、「Ⅱ 地図にない邦へのジントーヨー」は6本からなり、「真久田正、上間常道、金城朝夫、仲宗根勇、川田洋、NDU、伊礼孝、木下順二、谷川雁が旅びとになった」。

 本書には、基調低音となっている4つのライトモチーフがある。「ひとつは、沖縄の戦後史の、もっといえば沖縄の近現代の<自我>と精神現象を染め上げ、戦後も形を変えて再生され、沖縄の戦後世代へ情熱をもって注入していった「日本復帰」運動への批判的問い直しである。いわば、国家幻想と国民主義の限界を内側から越えていく問題意識となった。二つめは、その内在的批判を通して発見し、組成されていく<沖縄とは><沖縄的なるものとは>何かという主体化の問題と自立の思想的根拠を見極めていくことである。主体をめぐる問題はそのアポリアへ目を向け、内部生命となった<沖縄>を構成的力能へとモンタージュしていく関心へと赴かせていった。三つめは、<復帰>とは、<沖縄>とは、<自立>とは何かの批判的対象化が、一九六〇年代の後半から七〇年代初めにかけての叛乱の季節の只中で、「転形期の時代精神」として刻印されたこと、しかも沖縄から離れた移動と流離の経験において創発されていったことである。それまでの沖縄を語る通念では見えてこない、いわば日本にあって<在>を生きることと結社の思想に分け入っていく試みに繋がっていた。四つめは、政治や思想から文学や音楽、写真や映画までの領域を横断することによって、沖縄の戦後世代がくぐった「転形期」と精神の「自己刷新」の動態を解き明かしていくことを要請された。言い換えると、認識論的切断と喩法的転位の結び目に対する不断の注目への促しとなっていった」。

 そして、この50年の旅を、つぎのように総括した。「二〇二二年の今年、沖縄が「復帰」という名の再併合から五〇年目にあたる。五〇年前に五〇年かけて辿り着いたということになるのだろうか。あの日のあの時、地図を広げて帰去来にはやる目を落とし、いまにも青い闇に飲み込まれそうな儚い点のような島々に呆然としたことがある。この小さな点在にもみくちゃにされ、振り回されている自分が滑稽で、哀れにさえ思えた。だが、大国の覇権に踏み荒らされ、いくたびも国境線を引き直され、国家の力が重ね書きされてきた極東のキーストーンとしてのこの島々には、沖縄駐留米軍が所蔵する全火薬量にも匹敵するエネルギーと現代世界を解き明かす〝核〟が眠っているという檄に促され、転形期の熱と渦のなかに漕ぎ出していった〝わが沖縄〟への〝わが解体〟による迷い旅でもあった、と思う」。

 迷いは、「 」< >〝 〟にも表れている。それは、アメリカと日本に翻弄されつづけているからでもあろう。それにグローバル化が重なり、中国が身近な脅威となってきたこととも無縁ではないだろう。このキーストーンとしての島々を、主体性をもって〝わが沖縄〟ということができるのか。沖縄の人びとの問題としてだけでなく、日本本土の人びとが〝わが沖縄〟と認識するかどうかにかかっている。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。