小野塚和人『外国人労働者としての難民-オーストラリアの農村部における難民認定者の受け入れ策と定住支援策』春風社、2024年10月29日、323頁、5400円+税、ISBN978-4-86110-965-2
本書に登場する主要人物のひとりが1994年にオーストラリアに到着してから12年間勤務していたロイヤルパース病院に、97年下半期の半年間、妻が客員でいた。ミャンマー人がいた記憶はないが、ベトナム人は何人か勤めていたのを覚えている。オーストラリアは、75年に社会主義体制に移行したベトナムから10年間に9万人以上の難民を受け入れた。
まず驚いたのは、オーストラリアの主要都市を中心とした研究ではなく、公共交通機関がないような主要都市から何百キロも離れた人口数千人の地方部で調査をおこなっていることだ。行くのがたいへんなだけでなく、調査対象となる人を探すのも一苦労では済まない。ネットなどの通信手段で補ったとはいえ、著者の人柄と根気が本書の背景にあることは確実だ。
本書は、「外国人労働者や難民認定者の受け入れに関する政策」が大きく変わった1996年以降を対象とし、前半は「移民受け入れに関する政策の策定と運用の状況が、主な分析の対象となる」。後半は「2000年代の後半から2010年代を中心とし、新型コロナウイルスの感染拡大が発生した2020年代初頭までとする。その理由として、本書で考察する各自治体では、2010年代の前半を中心に難民認定者の受け入れと移住の試みが進行していったからである」。
本書の課題、なぜオーストラリアか、については、序章の見出しを見ればわかる。「1.本書の課題」は、「1)人口減少と高齢化の時代における外国人労働者の受け入れと、定住と統合に向けた支援策の構想に向けて」「2)受け入れた外国人労働者を放置することで生じうる問題」「3)豪州における難民認定者に対する独自のアプローチ:対等な国民として、労働力として処遇する」「4)共通の課題としての高齢化」。「2.豪州社会を事例とする意義:なぜ豪州が課題先進国であり、注目に値するのか」は、「1)UNHCRの第三国定住事業において、総人口あたりの難民の受け入れ数が先進国の中でトップクラス」「2)「多文化主義政策インデックス」で首位」「3)「社会の実験室」としての豪州」。
本書は、序章、全9章、終章などからなり、各章は「本章の課題」にはじまり「小括」で終わる(第9章のみ「小括」はない)。序章「5.本書の構成」に前半、後半、各章の要約があり、さらに終章の「1.本書の総括」で繰り返している。丁寧といえば丁寧だが、本文内を含めあまりにも繰り返しが多い。
終章から拾って、全体像を理解してみると、つぎのようになる。「本書では、豪州の農村部において、難民認定者を労働力として、新しい住民として迎え入れる試みと、定住と統合に向けた支援の実践を分析してきた。そして、その背景にどのような政策的な実践が存在しているのか論考した」。
前半「第1章 難民認定者に対する定住と統合の実現に向けた支援策」「第2章 難民認定者が地方部に向かう社会的・政策的な経路」「第3章 地方部への技能移民の就労と配置を促進する政策的実践」「第4章 地方部における非熟練・半熟連労働力の確保に関する政策的実践:「太平洋諸島労働協定(PLS)」の園芸労働部門での利用状況を中心に」では、「農村部を始めとした地方部に難民認定者を招へいし、労働力として登用する施策を、豪州の移民労働者の受け入れ政策の中で位置づける試みを行った」。
「後半に関して、第5章[カタニングにおける難民コミュニティ主導型の移住事業の展開]と第7章[ニルにおける雇用主主導型による難民認定者の受け入れ事業の展開]では、難民認定者の誘致と定住に成功したカタニングとニルの事例研究を行った。第6章[ダルウォリヌの「地域人口増強計画」にみる住民主導型による難民認定者を受け入れる試み]では、難民認定者の受け入れを試み、異なった結果となりつつも、定住人口の増加という当初の目的を達成したダルウォリヌの事例を考察した。これまでの難民研究においては、主要都市部における難民本人の視点に立った成果が多くを占めている。その中で、本書は受け入れる農村部の現地社会の視点から、難民認定者の招へいと定住と統合に向けた政策と支援の実践を論考した。その上で、第8章[外国人労働者としての難民の受け入れにあたって、受け入れ社会側に求められる施策]では、事例研究と他の自治体での知見を交えて、難民認定者を始めとした外国人労働者、ひいては、移住者の定住の実現に向けてどのような支援方策が必要となるのかに関して、総括的に考察した。第9章[難民はいかにして「難民」となるのか:カレン人コミュニティリーダーのライフストリー]では、現代日本で見聞する機会の少ない難民認定者のライフストーリーを取り上げ、難民が難民となり、第三国に定住するプロセスを考察した。そして、本書の内容と難民認定者への理解を深める一助とした」。
そして、終章で「3.日本での外国人労働者への支援策の構想に向けて、豪州の知見をどのように活かせるか」と問い、つぎのように答えている。「本書で論じた内容は、日本の文脈に即した修正が必要になる」。「地域活性化を図り、人口減少と高齢化を抑止する存在として迎え入れるのであれば、本書で論じてきたように、人間扱いし、対等な存在として処遇する必要が出てくる」。「本書で論じてきた各種の定住と統合に向けた支援策を実施しなければ、高齢化や人口減少の対処策としての外国人労働者の受け入れは、とりわけ農村部で実施する場合に、初期段階で頓挫する可能性が高くなる。他の先進国に比べて、日本は、低賃金で、人口急減のさなかにあり、インフラは老朽化し、あらゆることが廃止・凍結・活動停止となっていっている。この状況下で、受け入れる日本社会の側が国外からの移住者を選べる状況ではなくなっている。少なくとも国外出身者の受け入れ策と支援策の体制を整備すること、そのことを対外的に発信していくことが、外国人労働者に選ばれる国になるための第一歩になるだろう」。
日本の難民認定者は、数えるほどしかいない。だが、日本には中国帰国者・残留邦人で永住帰国者が6,725人、家族を含め2万人余がいる。フィリピンにも残留日系人が数千人いる。これらの人びとの日本での永住、就労にかんしては縁者、支援団体があり、本書でも重要性が指摘されたボランティアが存在する。本書のオーストラリアの事例を、これらの人びとの定住・統合の事例にあてはめるとどうだろうか。中国帰国者の場合、2世3世のことが問題になったが、フィリピン日系人では5世の成人がいるような状況で問題はさらに深刻である。まずは、これらの人びとの受け入れ策と支援の検証からはじめて、南米などの日系人、国外出身者へと考察の範囲を広げていくと、日本がとるべき課題が具体的にみえてくるだろう。
オーストラリアには何ヶ月にもわたってストライキをした労働組合があり、2024年7月から最低賃金は24.1豪ドル(約2400円)と日本の倍以上で、1975年にイギリス連邦国からはじまったワーキングホリデーが80年に日本人にも適用された歴史がある。このような背景を、序章でまとめて説明するか、本文の関連するところで説明すると、もっとわかりやすくなっただろう。学術書は、学術論文の寄せ集めではなく、専門外の研究者を読者対象として書く必要がある。研究対象を相対化する意味で背景説明を工夫すれば、著者が想定した以上に役に立つ本になる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
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