野入直美編『引揚エリートと戦後沖縄の再編』不二出版、2024年2月22日、368+5頁、3700円+税、ISBN978-4-8350-8534-0

 本書の概要と成果は、「終章 戦後東アジア再編と「引揚エリート」」の「おわりに-戦後東アジアにとって「引揚エリート」とは」に、つぎのようによくまとめられている。引揚研究の新たな展開として、「「悲惨な引揚者」というステレオタイプの相対化であり、戦前と戦後における「引揚者」の職業階層や生活階層の「連続性」をクローズアップするという研究の新たな指針を提示」している。

 つづけて、終章の執筆者である蘭信三は、つぎのように説明している。「「悲惨な引揚者」と「引揚エリート」は、ある意味、アジア・太平洋戦争に関する「断絶論」と「連続論」と関連して捉えることもできよう。すなわち、帝国の崩壊、軍隊の解体、憲法改正、天皇の象徴化、財閥解体という戦後民主化の流れのなかで、戦前と戦後は多く変わったという「断絶論」が先行した。それは、単にそれらの戦後改革による社会の大きな変化だけでなく、戦前と決別して戦後は平和で民主的な社会を築くべきであるという人々の強い想いや決意をも反映したものであったと考えられよう」。

 本書は、序章、2部全11章、3コラム、終章などからなる。本書の構成は、序章「いま、戦後社会における引揚者を問う」の最後で、つぎのようにまとめられている。「本書の第一部[定量分析篇]では台湾、満洲からの沖縄引揚者の計量分析を、第二部[事例分析篇]ではその事例研究を展開する」。

 第一部第一章「戦後沖縄経済の牽引者としての台湾・満洲引揚者-引揚者の共通性と多様性」と第二章「一九五六年沖縄引揚者の類型化と職業移動」では、「戦争研究に計量分析をもたらしてきた渡邊勉が、在外事実データを用いて引揚者の均質性と多様性を論ずる。また、外地時代と引揚後の職業移動を解明する」。

 第三章「沖縄と本土の満洲引揚者の比較-職業移動を中心に」と第四章「外地就学と戦後就労-沖縄の台湾、満洲引揚者をめぐって」では、「野入が、沖縄と本土の満洲引揚者を比較し、とくに公務就労をめぐる沖縄引揚者の特徴を明らかにする。また、外地における就学が戦後のキャリア継続や階層上昇に及ぼした影響を考察する。さらに、軍雇用、引揚援護施策についてのふたつのコラム[「軍雇用と引揚者」「米占領下沖縄への日本政府による引揚者援護の適用」]を設けた」。

 「第二部の事例研究が扱う領域は、糖業、スポーツ、パイン農業、八重山、記憶、政治、そして労働問題である。うち糖業から記憶までの論考が台湾引揚者を、政治と労働運動の論考が満洲引揚者を対象としている。さらに最後の二論考は、奄美の引揚者が来沖した事例であり、外地-沖縄の単線だけではとらえることのできない複合的な人の移動を扱っている」。

 第五章「戦後沖縄における糖業復興-製糖経験と沖縄ディアスポラの連続性」では、「戦後沖縄の基幹産業として経済再編を牽引してきた糖業に光をあて、沖縄糖業の復興を人の移動の文脈で読み解きなおす。飯島真里子の論考は、台湾引揚者のみならずハワイ移民が沖縄糖業の戦後史に関わっていたことを解明しており、沖縄産業史に新たな知見をもたらしている」。

 第六章「剣とペンと台湾引揚者-松川久仁男にみる戦後沖縄の再建」では、「菅野敦志が、戦後の琉球商工会議所で指導的役割を果たした台湾引揚の実業家、松川久仁男を論ずる。松川は新聞業を営むかたわら、米軍統治下の沖縄で剣道を復活させた。菅野論考は、本土との往来が制限されていた時代に、剣道がいかにして沖縄-本土交流の突破口となり、引揚者がどのように関与したかを示している」。

 第七章「玉井亀次郎とパインアップル-台湾経験を複眼的に読み解く」では、「松田良孝が台湾引揚者の玉井亀次郎が、沖縄本島における最初の商業的パインアップル栽培に成功した経緯を明らかにする。松田は、引揚後も「開拓者」であり続ける玉井を、県立農林学校の人脈を中心とする「地元性」を支えてきたと指摘する」。松田は、あわせて「コラム3 リアルを起点にウェヴを活用する-取材執筆私論」を執筆している。

 第八章「台湾引揚をヘテロトピアとしての八重山から捉えなおす」の「八尾祥平は、多くの台湾渡航者を出した八重山を焦点化し、沖縄選出の国会議員であった白保台一の祖父・英喜と父・英行の代からの家族史、さらに石垣島にパイン産業をもたらした林発の事例を用い、「ヘテロトピア」としての八重山を論ずる」。

 第九章「台湾引揚を支えた縁の下の力持ち・琉球官兵とその戦後」では、「中村春菜が、戦後の台湾で引揚(送還)事業の実務を担った沖縄籍の軍人・軍属、「琉球官兵」をとりあげ、彼らの戦後における足跡から、戦後の沖縄における復員兵の位相を考察する」。

 「それに続く二つの章では、満洲引揚者の事例分析を行う。第十章[奄美籍の引揚者・泉有平と沖縄の「自立」]では野入が奄美出身の朝鮮・満州引揚者で、琉球政府副主席を務めた泉有平をとりあげる。泉は、外地経験に根ざして戦後沖縄の振興開発を構想したが、そこには現代の沖縄にも続く矛盾と葛藤が見いだせる」。

 第九[十一]章「林義巳と「満洲経験」-戦後沖縄労働運動の出発点」では、「佐藤量が、大連で職業訓練校に学び、労働運動の洗礼を受けて奄美に引揚げ、沖縄で基地建設労務者のストライキを率いた活動家・林義巳をとりあげる。佐藤論考は職業訓練校の機能に光をあて、労働運動と満洲引揚という新たなフレームを打ち出している」。

 「そして終章では、蘭信三が戦後の東アジア再編に照らして本書を俯瞰し、引揚エリートに着目することの意義を提示する」。

 そして、「あとがき」で編者、野入直美は、つぎのように総括している。「本書では、引揚者の専門性と能動性をとらえるという指針に共鳴した練達の研究者たちが、多彩な各論を展開した。定量・定性アプローチの併用により、ある程度、引揚エリートと戦後沖縄の再編を明らかにできたように思う。しかし、戦後沖縄に引揚者が及ぼした影響についてはまだ課題が残されている」。

 「はじめに」で、「本書における「引揚エリート」とは、専門職引揚者を中心に、地域社会のリーダー、労働運動の活動家、国際交流の担い手、政治家、実業家など、さまざまな領域で社会を担ってきた引揚者を意味する。本書では、外地における職業経験をひとつの資源として社会の中間・上層に位置づき[け]、戦後社会の再編をすすめた台湾、満洲引揚者に着目する。「引揚エリート」は、社会的な成功者のみに光をあてるためではなく、むしろ引揚者の多様性を階層の視点によって明らかにするためのフレームである。それはまた、援護対象とされてきた引揚者を、戦後社会の再編に関与してきた能動的なアクターとしてとらえなおすための枠組みである」と説明している。岸信介のような超エリートの「革新官僚」とは違う、なにかローカルな社会に密着した「エリート」のようだ。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.