渡辺将人『台湾のデモクラシー-メディア、選挙、アメリカ』中公新書、2024年5月25日、324頁、1080円+税、ISBN978-4-12-102803-7
ウィキペディアをみると、以下のようにすごい職歴、受賞歴である。なかでも、本書ので充分生かされているのが、シカゴ大学修士課程と重なるアメリカでの議員事務所、選挙事務所での経験である。この2年間が、著者のその後の人生を決めたように思える。
学歴
1998年 早稲田大学文学部英文科卒業(米政治思想)
2000年 シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了(MA, International Relations)。指導教員はブルース・カミングス
2015年 早稲田大学大学院政治学研究科にて博士(政治学)学位取得。主査 副査は吉野孝、田中愛治、久保文明
職歴
1999年 米国連邦議会ジャン・シャコウスキー下院議員事務所(外交担当立法調査・報道官補担当)
2000年 ヒラリー・クリントン上院選挙事務所本部、米大統領選挙アル・ゴア=ジョー・リーバーマン陣営ニューヨーク支部アウトリーチ局(アジア系統括責任者)
2001年 テレビ東京に入社。「ワールドビジネスサテライト」ディレクター、報道局政治部記者(総理官邸、外務省、野党キャップ)、社会部記者(警察庁担当)
同社退社後、2008年 コロンビア大学ウェザーヘッド研究所フェローを経て、2010年までジョージ・ワシントン大学ガストン・シグール・センター客員研究員
2010年 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授。
2019年 台湾国立政治大学社会科学学院政治学系訪問学者・同大学国際事務学院訪問学者。
2019年-2020年 ハーバード大学国際問題研究所客員研究員(Academic Associate)。
2020年 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授。
2023年 慶應義塾大学総合政策学部、大学院政策・メディア研究科准教授。
受賞歴
2009年 - 第5回中曽根康弘賞優秀賞
2014年 - 第50回日本翻訳出版文化賞(『アメリカ西漸史』)
2016年 - 平成27年度北海道大学研究総長賞奨励賞
2016年 - 第4回アメリカ学会斎藤眞賞(「バラク・オバマと人種をめぐる選挙戦略の変容」『アメリカ研究』48号)
2017年 - 第33回大平正芳記念賞(『現代アメリカ選挙の変貌』)
2024年 - 第46回サントリー学芸賞(『台湾のデモクラシー』)
本書の概要は、表紙見返しおよび帯の裏に、つぎのようにまとめられている。帯の裏では、「アメリカの影響、大陸との葛藤」という見出しがついている。「権威主義体制が長く続いた台湾。1996年に総統の直接選挙が始まり、2000年には国民党から民進党への政権交代が実現した。今や「民主主義指数」でアジアの首位に立つ。中国の圧力に晒されながら、なぜ台湾の民主主義は強靱なのか。また弱点はどこにあるか。白熱する選挙キャンペーン、特異なメディア環境、多様な言語と文化の複雑さ、そしてあらゆる点で大きな影響を及ぼすアメリカとの関係に注目し、実態を解き明かす」。
序章「危機のデモクラシー」の最後で、著者は本書の目的をつぎのように述べている。「本書では、メディアと選挙に注目して、台湾デモクラシーを考えてみたい」。「まず、アメリカの台湾認識から数十年の変容を確認し、台湾式選挙の発展過程、テレビ全盛期に民主化した台湾のジャーナリズム、商業主義と政治介入に揺れるメディアの「世論選」を見る。また、豊潤な言語や文化の多様性と、それゆえの政治的ジレンマ、そして在米「台湾系」移民から、アイデンティティの問題の複雑さを考えたい」。「最後に、台湾が直面するデジタル民主主義の可能性と危機についても論じる。台湾政治史に偏在する「アメリカ」は、どのようなインスピレーションを与えてきたのか。台湾のデモクラシーの分厚い成熟と思わぬ死角の双方に迫る」。「タイムマシーンの「時計」をまずは一九七〇年代にセットすることから、「見えない台湾」を可視化する旅を始めてみたい」。
本書は、序章、全7章、終章、あとがきなどからなる。1970年代にセットされたタイムマシーンに乗って、副題の3つのキーワード「メディア、選挙、アメリカ」を念頭に台湾とアメリカを往き来し現在に辿り着く。
終章「デモクラシーの未来図」では、「国連非加盟で外交的に孤立している台湾」の強靱さを、「選挙が民主主義の成熟と連動」していることに注目し、つぎの4つにまとめている。「第一は、健全なオルタナティブによる二大政党の緊張関係」、「第二にジャーナリズムの権力批判の成熟」、「第三に、その持続性ある政治参加を、単なる投票率以上のものに花開かせていく力」、「そして、第四に海外ネットワークと移民社会の存在である」。
つぎに、死角を2つあげている。ひとつは「政党幹部の都合次第でコロコロと方法を変える融通無碍な予備選挙制度だ」。2024年選挙で、「国民党は予備選挙の開催の有無で荒れた。新北市長としてコロナ対策などで活躍した侯友宜に実業家の郭台銘が挑戦する構えで、郭台銘による「乗っ取り」を阻止することに躍起だった国民党は、予備選挙のための世論調査なしに侯友宜を候補に決めてしまった」。
もうひとつの死角は、「政策をめぐる政党間の論争が難しいことだ」。つぎのような一例をあげている。「二〇二四年選挙で国民党はアメリカのサンダース議員を参考に大学無償化を訴え、民進党と「再配分」を競うなど、経済政策では毎回どちらの政党も大盤振る舞いの経済ポピュリズムを乱発するばかりで、違いを明確にした政策議論が難しい」。
そして、「ソフトパワーとしての選挙」「選挙広告を超えたメッセージ」「偏在するアメリカ、そして終わりなきプロジェクト」の見出しが並び、つぎの3つのパラグラフで「終章」を結んでいる。「民主化は終わりと完成のないプロジェクトである。台湾人ジャーナリストの友人は「俺たち台湾人はこんなにもピュアで、マニピュレート(操作)されやすい」と自虐的に呟く」。「だが、この言葉は、デモクラシー防衛のためのサイバー・リテラシーをさらに深める必要性を浮き彫りにすると同時に、さまざまな外部の変化に適応してきた台湾の柔軟性の証でもある」。「ピュアさがなければ民主主義を信じられない。ピュアで素朴なことは大きなうねりのエネルギーにもなる。民主化のダイナミズムを経験している社会だけにある「熱」のようなものが、この「麗しの島」には間違いなくある」。
「あとがき」で、著者は本書をつぎのように総括している「一〇年越しとなった台湾の調査では、アメリカで数十年用いてきたフィールドワークの手法を応用した。選挙陣営に入り込み観察を行い、政治インサイダーのオフレコの声に耳を傾け、世論調査など可視化される情報との隙間を埋める作業である。本書は終わりの見えないその調査のごく一部ではあるが、ある種の中間的なエッセンスでもある」。「本書は倍の分量の原稿を大幅に縮小している。今回いったんお蔵入りになった一つは、アメリカの二大政党の対中政策の類型学、大統領選挙や米内政に与える分析である」。
台湾というところは、不思議なところだ。被災者支援やコロナ対策では、日本よりはるかに優れているようにみえたいっぽうで、台北のホテルのトイレでは紙を流せないで紙入れが置いてある。「麗しの島」とはなになのか、だれのためなのか。ひとつ言えることは、「台湾有事」のときに台湾人を受け入れる日本人が多くいるだろうということである。それは、大陸の中国語より優しく聞こえる台湾語のせいかもしれない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
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