平井健介『日本統治下の台湾-開発・植民地主義・主体性』名古屋大学出版会、2024年6月28日、346+29頁、3600円+税、ISBN978-4-8158-1158-7
「信頼できる通史の決定版」と、帯にある。「本書の目的は、日本統治時代の台湾に関する学術研究の成果を通じて、玉石混淆の情報を批判的に検討する「視点」を提供することにある」。その理由を、序章「なぜ日本統治時代の台湾なのか」「一 植民地としての台湾」で、つぎのように説明している。
「さまざまなメディアを通して配信されている情報のなかには、それが植民地支配に対してどのような立場をとるかによらず、史実にもとづいていないもの、あるいは史実の一部を切り取ったり、さまざまな解釈の存在を無視して意見したりしたものが多く含まれていることに注意しなければならない。たとえば、日本統治前の台湾は米不足であり、日本統治下の農業開発によって米不足が解消されたという記述がときおり見られるが、これは史実の誤認である(第1章)。また、農業開発にまつわる記述でも日本人技術者の役割が過剰にクローズアップされ、実際に農作物の栽培に従事する農民(第5・8章)が登場しないことがある。つまり史実の一部を切り取っているため、このような議論では日本人技術者の役割が過大に評価されることになる(第8章)。こうした点に端的に示されるように、私たちの身近にある「植民地」に関する情報は、台湾史研究の専門家から見れば「正確」でないことが多いのである」。
さらに、序章「二 植民地経済史の視角」では、つぎのように述べている。「本書では、日本統治時代の台湾を主に経済の視点から見ていく。それは、日本の植民地統治の主要な目的が、植民地の富源の開発と利用によって日本の経済問題を解決することにあったからである。ただし、経済と深くかかわる法、政治、教育、衛生などさまざまな隣接領域も扱う」。
本書は、序章、4部全13章、終章、あとがき、などからなる。序章「三 本書の視角と構成」で、まず「日本統治時代の台湾を、日本の領有以前も含む四つの時代に分ける」と述べ、4つの時代、つまり各部ごとに説明している。
第Ⅰ部「「台湾統治の開始-一九世紀後半」は、「台湾の割譲を規定した日清講和条約(下関条約)の台湾関連条項を糸口に、台湾統治の前史を扱う。当該期は中国を中心とする東アジアの国際秩序に対して日本が挑戦していく時代であり、そのなかで日本と台湾の関係が徐々に形成され、最終的に日清戦争の結果として結ばれた日清講和条約の第二条において台湾割譲が取り決められたのであった(第1章[台湾領有の系譜-日清講和条約第二条])。そして、日清講和条約第五条で取り決められた台湾住民の国籍選択権の処理によって被統治主体が決定されることで、日本による台湾統治が本格的に開始するのである(第2章[統治者の交代、被治者の選別-日清講和条約第五条])」。
「第Ⅱ~Ⅳ部では、それぞれの時代に何が課題として意識されたのか、それらの課題にどのような対応がなされたのか、その結果何が解決され、どのような問題や摩擦が新たに引き起こされたのかという一連の歴史過程を跡づけていく。そして、それぞれの時代を、①台湾を取り巻く内外の環境の変化、②政府や総督府による統治政策や開発政策、③企業や農民など被治者の活動、という三層について、各層内および各層間の関係の諸相を意識しながら説明していく」。
具体的に各部ごとに、つぎのように説明している。第Ⅱ部「「対日開発」の時代-一八九五~一九一〇年代前半」は、「一八九五年から一九一〇年代前半までを扱う。当該期間は、政治面では台湾統治の手法が模索される時代であり、台湾を日本とは異なる制度で統治する「特別統治主義」という手法が採られた(第3章[統治の開始-特別統治主義と対日開発])。経済面では、内地が抱える貿易赤字・財政難という二つの経済問題の緩和・解消を目的とする開発(対日開発)が進められた時代であり、内地と台湾の経済的関係を緊密化させるための制度やインフラの整備(第4章[帝国経済圏の形成])、内地の貿易赤字の主要因であった砂糖を輸入代替するための製糖業の保護育成(第5章[近代製糖業の移植])、歳入増大のための専売事業や鉄道事業などの官業(第6章[官業-専売と鉄道])が行われた」。
第Ⅲ部「「総合開発」の時代-一九一〇年代後半~一九三〇年代前半」は、「一九一〇年代後半から一九三〇年代前半までを扱う。当該期間は、政治面では国際協調あるいは民族自決の思想や、内地における政党政治の登場といった新たな動きが見られた時代であり、植民地統治の手法として「特別統治主義」に代わって日本・台湾間の制度の同一化を目指す「内地延長主義」が導入された(第7章[統治の再編-内地延長主義と総合開発])。経済面では、前時代の「対日開発」の一定の成功を受けつつ、そこから生まれた課題の克服を目指す開発(総合開発)が進められた時代であり、製糖業に偏重した農業を是正するための稲作の育成(第8章[農業の多角化-科学的農業の普及と負担])、農業偏重・対日関係偏重を是正するための南進工業化政策(第9章[工業化の進展-政策的工業化と自生的工業化])、総督府主導の開発を是正するために[民意]を考慮した地方開発(第11章[地方開発-植民地における「民意」])が行われ、そのなかで対外関係も大きく変容した(第10章[アジアのなかの台湾])。
第Ⅳ部「「軍事開発」の時代-一九三〇年代後半~一九四五年」は、「一九三〇年代後半から一九四五年までを扱う。当該期間は、政治面では満洲事変(一九三一年)、日中戦争(一九三七年)、アジア太平洋戦争(一九四一年)と相次ぐ戦争のなか、政党政治が終焉して軍部が台頭した時代であり、台湾でも皇民化政策が行われた(第12章[統治の黄昏-皇民化政策と軍事開発])。経済面では、日本の南進政策や経済の軍事化の進展に呼応するための開発(軍事開発)が進められた時代であり、戦略物資の開発のほか南進工業化がいっそう推進されていった(第13章[戦時下の台湾経済])。
最後に、終章「日本統治時代の開発の評価」は、「以上を振る返るかたちで、「植民地」についてさまざまなメディアで配信されている玉石混淆の情報を批判的に検討できる「視点」とはどのようなものかについてまとめる」。
その「終章」では、まず「一 日本統治時代の台湾開発史」で、「対日開発」「総合開発」「軍事開発」、それぞれの時代をまとめ、つぎに「二 開発の植民地性」で「内地の利害の優先」「内地人の利害の優先」といった植民地性をまとめ、「日本統治時代はNIEsの起源か」を問うて否定している。その根拠を「三 台湾人の主体性、アジアへの開放性」で、「日本統治時代の台湾の開発や経済成長は日本の市場、資本、技術だけで達成されたわけではない」と述べ、「台湾開発における「日本」の影響力を相対化する」。
そして、最後のパラグラフで、つぎのように総括している。「日本統治下で台湾経済が近代化されたことは疑いない。しかし、内地や内地人の利害が第一に追求されたがゆえに、一七世紀以来の農業社会が工業化社会へと転換するには至らなかったし、経済成長がもたらす利益が台湾人やその大部分を占めた農民にも均しく配分されたわけでもなかった。また、開発政策には限界もあれば副作用もあり、それを緩和・解消したのは経済環境の変化に主体的に対応する台湾人の経済活動であった。さらに、内地を中心とする帝国内地域との経済関係の強化は、アジアを中心とする帝国外地域との経済関係なしには不可能であった。植民地経済を評価するに際して、利益配分における不平等性(植民地性)を無視したり、被治者の主体性や帝国外地域の影響力を過小評価したりすると、日本の影響力を過大に評価することにつながり、甚だしきに至っては、植民地統治は良かったという短絡的な結論に陥ってしまう危険性を最後に指摘して、本書を閉じたい」。
著者は、日本で流布する「さまざまなメディアを通して配信されている情報」による「日本統治下の台湾」像に疑問を持ち、「信頼できる通史の決定版」を出そうとした。ここで教えてほしいのは、台湾人はこのような「日本統治下の台湾」像についてどのように思っているのか、台湾ではどのように教科書などで語られているのか、である。本書は、台湾でどのように評価されるのかも知りたい。大切なことは、日本と台湾の双方で共有できる「日本統治下の台湾」像である。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
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