佐久間亜紀『教員不足-誰が子どもを支えるのか』岩波新書、2024年11月20日、234+3頁、960円+税、ISBN978-4-00-432041-8

 佐賀市のある小学校に戦争記念碑があるというので、写真を撮りに行った。ちょうど昼休みで、校庭にはたくさんの児童がいて、それを見守る人がいた。先生だと思い、校門を開けてほしいと声をかけた。記念碑を撮影するために、教頭の許可が必要と思い、職員室はどこかと訊ねたところ、知らないという。年長の児童に訊いて案内してもらった。記念碑を撮影して帰ろうとしたときに昼休みが終わり、「見守る人」も自動車で帰るところで、いっしょに校門を出た。この「見守る人」は、いったいだれだったのだろうか。

 教員不足に気づいたのは、20年ほど前に大学院生に非常勤の依頼が来たときだった。教職免許をもつ大学院生にアルバイト感覚で来てほしいというものではないようだった。片手間にできるようなものではなく、研究に専念できないと感じた。学生の教育実習を引き受けてくれる学校に、「様子見」に行くのも大学の全学教務委員の仕事で、なんとなく教員不足を感じたが、それも十数年前のことで、本書に書かれているほど深刻だとは思わなかった。

 表紙見返しの本書概要は、つぎのことばではじまっている。「新学期に担任の先生がいない、病休の先生の代理が見つからない……。そんな悲鳴が全国の学校で絶えない」。つぎのようにつづいている。「少子化にもかかわらず、事態が深刻化するのはなぜか。過密化する業務、増大する非正規、軽視される専門性など、問題の本質を独自調査で追究。教育格差の広がるアメリカの実態も交え、教育をどう立て直すかを提言する」。

 本書は、著者が「タコツボ化した研究領域から飛び出して、教育政策や行政に関する研究と、教育実践や教職に関する研究とを切り結び、少しでもこの問題の解決に貢献しようと取り組んできた」成果で、「以下三点が本書のオリジナリティである。まず、教員を配置する側からではなく、教員を配置される学校現場の側、つまりは子どもと教員の立場から、教員配置政策について論じた。また、この問題は教育の問題であるだけでなく、広く社会の根幹に関わる問題でもあると考え、できるだけ多くの人々に理解していただけるような言葉で表現するよう努めた。さらに、私の専門とするアメリカとの比較の視点を取り入れた」。

 本書は、はじめに、全8章、おわりに、などからなる。まず、第1章「教員不足をどうみるか-文科省調査からはみえないもの」では、「教員不足とはいったい何のどんな状態のことなのか、文科省の定義がどのような混乱を生じさせているのかを整理し、教員不足の再定義を試みた」。第2章「誰にとっての教員不足か-教員数を決める仕組み」では、「必要な教員数がどのように決定されるのかの仕組みを読者の皆さんと共有し、立ち位置によって教員不足がまったく異なってとらえられることを明らかにした」。第3章「教員不足の実態-独自調査のデータから」では、「第1・2章の検討を踏まえて、ある自治体を対象に佐久間研究室が実施した調査データにもとづきながら、学校内で子どもたちが経験している教員不足の実態を明らかにした」。

 第4章「なぜ教員不足になったのか(1)-行財政改革の帰結」と第5章「なぜ教員不足になったのか(2)-教員改革の帰結」では、「なぜ、どのようにして、これほど深刻な教員不足が日本にもたらされたのか、この二〇年の経緯を明らかにした」。そして第6章「教員不足をどうするか-子どもたちの未来のために」で、「いったいいま、どのような対応が求められるかについて、私なりに具体的な提言を行っている」。

 「しかし現実的には、大幅に教育予算が増える将来は見通せない」。それゆえ第7章「教員不足大国アメリカ-日本の未来像を考える」では、「このまま教員不足問題が放置されると、いったい日本社会はどうなってしまうのかを、アメリカの公立学校の現状を手がかりに考えた」。最後に第8章「誰が子どもを支えるのか-八つの論点」で、「私たちが今後進むべき中長期的な方向性について、論点を整理した」。

 「日本は二〇〇九年の時点でさえ、データのある先進国で最も少ない教職員数しか配置していなかった」。「もしも今後、日本がさらに教員数を削減するのなら、子ども一人あたりの教員数は、世界でも類例をみないほど少ない国になる」。この事実を踏まえて、整理した8つの論点は、つぎの通りである。①「教員数の地域格差をどこまで容認するか」、②「IT技術は教員の代わりになりうるか」、③「教員数の決定方法をどうするか」、④「教員の待遇をどうするか」、⑤「教員の数をどう確保するか」、⑥「教育予算をどうするか」、⑦「今後も公務員数を削減し続けるのか」、⑧「ケア労働を社会にどう位置づけるか」。

 そして、第8章をつぎのパラグラフで結んでいる。「教員不足対策はまさに現在進行形の政策であり、本書で記したデータや政策状況は、読者がこの文章を目にしているときには変化していることと思う。それでも、本章で記した大きな論点については、今後長い時間をかけてしっかり議論される必要があることは変わりないだろう」。

 さらに、「おわりに」で、つぎのように本書の「貢献」を述べている。「社会的価値・経済的価値・個人的価値のどれもが重要だと認めたうえで、近年の日本では教育の社会的価値に対する認識が弱くなりすぎているという立場に立つ。つまり私は、公立学校はみんなのものであり、民主主義社会を築くための公共財であるという考えに立ち、そのうえで公立学校の教員不足の問題を考えようというスタンスをとっている。経済最優先の今の日本社会では、この議論の前提そのものが支持されないのかもしれない。しかしそれでもなお、議論や改革の前提そのものが異なるのだという共通理解が生まれるのなら、それが多少なりとも本書のなし得る貢献なのかもしれないとも思う」。

 人手不足の問題は教員だけではない。日本社会全体の問題であり、外国人労働者でそれを補うというような場当たり的対応ではどうにもならないことに多くの人は気づいているだろう。教員の多くが定年後も働くのはいいが、責任を課せられ疲れ果ててやめていく。定年後に相応しい職場がないために、まだ使える労働力を活かしていない。とくにこれまでの正規雇用だった教員は定年後経済的に多少ゆとりがあるため、あえて「しんどい」職場で働く必要はない。非正規でまかなうなら、非正規が働きやすい環境が必要である。教員だけでなく、日本の労働資源をどう有効に使うかを考える必要がある。多少年金が増えるより、持続可能な労働環境を調えるほうが、心身ともに健康にすごせるはずだ。たとえば、収入に余裕のある人には、労働に応じて医療・介護、それらの保険に使えるポイントを与えるのも、ひとつの案かもしれない。

 なにより疑問に思ったのは、「独自調査で検証」を強調していることだ。つまり文部科学省が実態を把握していないか、把握していても公表していないことだ。実態を透明化することによって、知恵を出しあい、解決へと向かうはずだ、と考えるのは「実態」を知らない素人考えなのだろうか。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.