波多野澄雄『日本終戦史 1944-1945-和平工作から昭和天皇の「聖断」まで』中公新書、2025年7月25日、308頁、1100円+税、ISBN978-4-12-102867-9

 本書は、「二週間早ければ数十万人の日本人の命が救われたであろうし、二週間遅ければ犠牲と破壊はさらに膨らんだことは想像にかたくない。こうした事態にとどまらず、二週間の違いは戦後世界の姿を大きく左右したであろう」というエドウィン・ライシャワーの指摘ではじまる。

 著者は、もうひとつのつぎの問いを念頭において、本書を執筆している。「「徹底抗戦論」が国内に横溢するなか、なぜ二度の「聖断」で終戦が可能であったか。二度の「聖断」による終戦は、国内戦場化や政府の崩壊、さらにソ連の本土進出が避けられたという意味で、むしろ早期終戦として評価することも可能である」。

 そして、著者はライシャワーが指摘する2週間ではなく、対象を「終戦」までの1年間に広げた。その理由を「まえがき」の最後で、つぎのように説明している。「本書が重点を置くのは、マリアナ諸島が奪われた一九四四年夏から一九四五年夏までのほぼ一年間である。とくに同諸島のサイパン陥落で軍事的敗北は決定的となったが、日本はすぐには戦争終結には向かわなかった。国体という中核価値を護るため、朝野をあげて特攻兵士の「殉国」を称賛し、本土決戦を叫ぶという、近代日本の歩みのなかでは稀にみる「狂気の時代」に突入する。この一年間の出来事をたどることは、敗戦と復興の意味を考えるための手がかりとなろう」。

 本書は、まえがき、序章、全9章、終章、あとがきなどからなる。「それぞれの章のまとまりを重視したため、各章の記述は必ずしも時系列の順に配置されていない」。9章構成であるが、内容的にはそれぞれ3章からなる3部に分かれている。

 「第一章~第三章(第一部)は、戦争の主軸であった太平洋戦線と大陸戦線における戦略と政略、そして戦争収拾のための指導者の努力を大きく拘束することになった内外の要因に眼を向けている」。

 「第四章~第六章(第二部)は、小磯国昭内閣と鈴木貫太郎内閣におけるさまざまな「和平論」が行き詰まり、一九四五年六月下旬に意を決した木戸幸一内大臣が、「時局収拾試案」をもって指導者の説得にあたるまでの指導者の動きを取り上げている。中心人物の一人は、重臣・近衛文麿である。近衛は重臣のなかでは比較的明瞭に戦後を見通しつつ、米英との直接和平の必要をとなえていたからだ」。

 「第七章~第九章(第三部)では、四五年七月下旬のポツダム宣言の発出、八月の原爆とソ連参戦という「二つの外圧」のもと、二度の「聖断」によって決着せざる[を]えなかった指導者たちの動きに眼を向けた。東郷重[茂]徳外相や阿南惟幾陸相などがその中心である」。

 「また、最後の九章[「戦争終結」]は、「聖断」が実質的に、太平洋戦線「日米戦争」の終結であったことを踏まえ、大陸における「日中戦争」と「日ソ戦争」の収拾のあり方を取り上げている。三つの戦争がいかに相互に切り離され、それぞれ異なる結末を迎えたかを理解できるはずだ」。

 著者はこの戦争(「大東亜戦争」)を、「真珠湾攻撃に始まる「日米戦争」、おもに東南アジアを舞台とした「日英戦争」、一九三七年に始まる「日中戦争」、終戦前後の「日ソ戦争」という、四つの戦場の「複合戦争」」ととらえており、「本書は、これらの戦争のうち、太平洋における日米戦争と大陸における日中戦争という二大戦争を、どのような展望のもとに、どのように終わらせようとしていたのか、それぞれの過程をたどったものである。その過程では、日中戦争や日英戦争の行方は定まらず、結局、日米戦争をいかに終結させるかに、指導者の関心は集約されていく」と理解している。

 2つの問いについて、著者は「まえがき」で、答えをあらかじめつぎのように示している。「「複合戦争」の収拾が対米戦争の終結に絞られたことで早期の終戦が可能となり、戦後の日米同盟を導く伏線ともなるのだ。こう考えると、あの時点での「聖断」の意味はきわめて大きいのである」。

 終章「敗戦の意味」では、最後の見出しを「なぜ「複合戦争」に陥ったか」にし、1945年10月に1ヶ月の敗因調査後に提出された報告書を踏まえて、つぎのような結論を導き出している。「日本がとくに満洲事変以降、日本の獲得した利益の維持・拡張のため、「武力による膨張」路線を転換できなかったのは、他民族と接触が少なく「興亡を争う強大な隣国がなく、世界に生きる研究が不足していた」ことに言及し、ことに総力戦準備の遅れを指摘している」。「この報告書はあえて「政治の役割」に言及していない。だが、敵の数を徐々に増やし、その収拾に手を焼き、いたずらに戦争を長引かせ、最後には天皇の権威にすがってようやく対米戦争を終結させた、という複雑なプロセスにおいて目立つのは、未曽有の対外危機にあっても、国内政治や組織の利益を優先させる政軍指導者の姿である。それは、報告者が指摘するように、「世界に生きるための研究」の不足が招いた結果でもあろう。戦時に限らない教訓である」。

 本書を読むと、責任は明らかなように思える。「武力による膨張」を進めた陸軍である。問題は、この陸軍による軍拡を止めることがなぜできなかったかである。それは、戦争(日中戦争、大東亜戦争、日米戦争)がはじまってからも、止める機会をうかがいもせず、勝利あるのみに固執した結果が「狂気」の末の敗北であったことに通ずる。

 ひとつには死者の姿が見えなかったことである。第一次世界大戦後のヨーロッパの墓地では戦死者ひとりひとりの墓標が立ち、いまウクライナでは小さな国旗が立てられて、死者の数が目に見える。ガザの死亡者は、毎日その数が発表されている。本書でも、4つの戦場での死者数が掲げられれば、あるいは本土空襲での死者数が刻々と表示されていれば、「なにをもたもたしているんだ」と思ったことだろう。指導者に「未曾有の危機」の実感が、「国体の維持」以外になかった。さらに、4つの戦場で巻き込まれて死亡した民間人の数がわかれば、「世界に生きるための研究」の不足が招いた結果であることがより明確になったことだろう。そして、この教訓がいかされず、戦後の戦争責任や賠償問題などがうやむやになったことがわかってくるだろう。本書で繰り返し述べているように「終戦史」が戦後に大きな影響を与えたが、戦後に「敗戦史」がもっと追究されていれば日本の戦後はもっと違ったものになっていただろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。