塩出浩之『琉球処分-「沖縄問題」の原点』中公新書、2025年6月25日、266頁、1000円+税、ISBN978-4-12-102860-0

 沖縄県立博物館・美術館の総合展示「近代のはじまり」は、「明治政府による琉球処分」の展示ではじまる。『博物館展示ガイド』(2015年)では、つぎのように説明されている。「およそ500年にわたって続いた琉球王国でしたが、19世紀後半になると存続の危機に直面しました。明治維新により近代国家をスタートさせた日本が、琉球王国をその内部に編入しようと動き出したからです。琉球はこれまでと同じように、中国・日本との関係を維持しながら、独自の王国を存続する意志を主張しました。しかし、1879年春、王国は滅亡し、沖縄県が誕生します」。

 そして、つぎの展示「沖縄県の形成」は、つぎのように説明されている。「沖縄県が誕生した後、混乱を避けるために多くの王国時代の制度が引き続き温存されました。状況の安定をにらみながら改革が行われ、しだいに日本本土と同じ制度が整備されていきました。その一方で、かつて琉球王国の住民だった人々は、日本人としての意識を持つことを求められるようになります」。

 本書は、「中国・日本との関係を維持しながら、独自の王国を存続する意志を主張しました」の一文を、具体的に考察したもので、表紙見返しでは、つぎのように要約されている。「琉球処分とは、日中の両属国家だった琉球王国を日本が強制併合した過程をいう。1872年の琉球藩設置から、「処分官」派遣、警察・軍隊を動員した79年の沖縄県設置、80年の強く抗議する清国との八重山分島交渉までを指す。国王は東京に送られ、島内では組織的抵抗が日清戦争まで続く。本書は、併合の過程とその後を精緻に追い、清国や西洋諸国を巻き込み東アジアに新秩序をもたらした「沖縄併合」の全貌を描く」。

 本書の鍵となるのは、「琉球が独立国だった」かどうかである。著者は、「まえがき」でつぎのように述べている。「筆者は、琉球は独立国だったとは言いがたいが、やはり日本や清とは異なる一つの国家だったのであり、琉球処分とは、琉球という国家を日本が強制的に併合したことを意味すると考えている」。

 本書は、まえがき、序章、全4章、終章、あとがき、などからなる。まず、序章「前近代の琉球-中国・日本に両属した国家」の後、第1章「西洋諸国の琉球来航」で、「琉球処分の背景として、一九世紀なかばの東アジアにおける琉球・日本・中国の関係、西洋諸国の到来について概観する」。そのうえで、第2章「明治維新後の併合始動」第3章「琉球併合命令と救国運動」第4章「琉球処分、その後の沖縄県政」で、「明治維新から琉球処分にいたるまでの政治過程、琉球処分が引き起こした国際紛争と現地での抵抗などについて、さまざまな史料と研究に基づいて描き出し、琉球処分の全体像を明らかにする。そして最後に終章「日清戦争後の沖縄」で、「日清戦争を経て琉球処分が確定したあと、沖縄がどうなったかを展望する」。

 「本書の特徴は、琉球史の根本史料である「尚家文書」を本格的に活用した琉球処分研究であることだ」。「「尚家文書」を通じて、琉球側からみた琉球処分を、日本側からの見方と突き合わせて検討することに努めた。これによって、日本と琉球という二つの国家のあいだで何が起こったのか、より克明に描き出せるはずである」。

 終章で、著者は見出し「琉球処分とは何だったのか」を立て、つぎのように結論している。「清に服属しつつ、日本にも服属していた琉球という国家が、日本に強制的に併合され、その一部(沖縄県)となった。これが琉球処分だ」。

 つぎの見出しは「日本はなぜ琉球処分をおこなったか」で、「日本は琉球の抵抗や清の抗議を押し切って、琉球を併合しようとした」ことを、つぎの3つに分けて考察している。「第一に、琉球処分が断行されたのは、日本自身が廃藩置県という巨大な変革を経験した直後だったからだ」。「日本政府は、廃藩置県にあたって自国を西洋諸国の基準に合わせて中央集権化し、主権国家として確立することを目指して国内の抵抗を押し切った。この結果、単に鹿児島藩の廃止によって日本と琉球との関係が不明確になっただけでなく、日本政府のなかに琉球の日清両属には「処分」が必要だという強力な意志が生じた」。

 「第二に、大久保利通は、琉球側の抵抗について「頑固」だと記した。また、松田道之は日本が琉球を併合するのは「条理」であり、「時勢」であると主張した。つまり、日本は西洋の主権国家原則を受け入れることを文明への道とみなし、それに逆らう琉球を守旧として批判したのだ」。

 「第三に、主権国家の原則を琉球と日本・清との関係に当てはめるとすれば、理屈のうえでは、琉球を清の一部とみなすか、独立国として承認するという選択もあり得たはずだ」。「したがって、日本政府に琉球を自国の領土として確保するという確固たる意志があったのは明らかだ」。

 そして、最後の見出し「琉球・沖縄にとっての琉球処分」で、琉球の人びとが「政治情勢の激変をどう受けとめ、どう行動したかを追求した」かを、3つに分けて考察している。「第一に、琉球王府が何より重視したのは、琉球を日清両属の国家として維持することだった。だからこそ、琉球王府は廃藩置県の報せを重大な異変の兆候として受けとめることができた」。

 「第二に、あらためて強調したいのは、琉球王府が、自国が日本と異なる国家だという認識を明確に持っており、琉球併合政策に抵抗したことだ」。

 「第三に指摘したいのは、琉球という国家を維持し復活させようとしたのが、ほぼ琉球王府の官吏や士族に限られたことである。日本にとってこの事実は、琉球処分を正当化するための材料となった」。「しかし、琉球処分によって失われたのは官吏や士族の特権だけで、その他の人々は日本の支配による恩恵を受けたとみるのは誤りだ。琉球処分以後の沖縄は、大和人が沖縄人の上の立つ植民地となったからだ。沖縄に他府県と同様の制度が施行されたあとも、大和人による沖縄人への差別や蔑視は根強く続くことになる」。

 そして、つづけて「このように琉球という国家がなくなり、日本の一部になったことによる影響は、今日も続いている」と述べ、つぎのように説明して、本書を閉じている。「今日、普天間基地の移設問題について沖縄に「自己決定権」がないのは、突き詰めていえば、沖縄県が日本の一地方自治体である限り、日本の法には従わざるをえないからだ(略)。それは沖縄が日本の主権下にあるからであり、戦後二七年間のアメリカによる統治をはさんではいるが、琉球処分の結果と地続きなのだ」。

 「その一方で、沖縄の人々の政治運動や社会運動が、今日まで基地問題に大きな影響を与えてきたことも明らかだ。日本の支配下で生まれた沖縄人のアイデンティティが、こうした政治運動や社会運動に力を与えてきた。こうした観点から、琉球救国運動を近代沖縄の政治・社会運動の出発点とみることもできる」。「琉球処分は、「沖縄問題」の原点なのだ」。

 「沖縄問題」とみているかぎり、「沖縄問題」は解決しない。「中国・日本との関係を維持しながら、独自の王国を存続する意志を主張しました」ことを「大和人」に理解してもらう博物館を東京にたててもいい。「日本の問題」と捉えないかぎり、沖縄の「植民地支配」はつづき、「沖縄人」にとっての「日本の問題」は解決しない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

予告
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
 コメンテーター募集中
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月15日)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月31日)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月20日)412頁。