戸高一成『日本海軍失敗の本質』PHP新書、2025年7月29日、198頁、1000円+税、ISBN978-4-569-85957-6

 著者は、一般には大和ミュージアムとして知られる呉市海事歴史科学館の館長である。本書は、長年『歴史街道』(PHP研究所)に掲載されてきたものから厳選し構成したもので、はじめに、序章、時系列に全11章、終章、補論からなる。

 「はじめに」で、つぎのように本書の構成を説明している。序章「昭和海軍と太平洋戦争-日本には何が足りなかったか」では、「明治海軍からの日本海軍の「歴史」を補助線として、敗戦の本質について総論的に言及した。軍人論の章も途中で織り込みながら、昭和十六年(一九四一)の開戦から終戦に至るまでの主要な海軍の戦いを時代順に取り上げた。真珠湾奇襲(1章[真珠湾奇襲(昭和十六年十二月)の舞台裏 昭和海軍の誤算-なぜ開戦を止められなかったか])による日米開戦、それから半年もたたない昭和十七年(一九四二)四月のセイロン沖海戦の完勝(2章[セイロン沖海戦(昭和十七年四月) 敗北の序章-英国艦隊に完勝の陰で看過された「失敗」])に透けてみえる隠れた失敗をその後の戦局を左右するものとしてまず指摘する」。

 「続く翌五月の珊瑚海海戦(3章[珊瑚海海戦(昭和十七年五月) 見落とされた海戦-この「失敗」を戦訓にできなかった昭和海軍])は、海戦の中でもよく見落とされがちな歴史だが、ここでの教訓をすぐさま生かしていれば、六月のミッドウェー海戦(4章[ミッドウェー海戦(昭和十七年六月) 隠され続けた事実-日本海軍大敗の要因は何か])は違った結果になったかもしれないと私は考えている。5章[蒼海に眠った異質の司令官 山口多聞と日本海軍-なぜその進言は「ノイズ」となったか]・6章[連合艦隊司令長官の光と影 山本五十六と昭和海軍-活かされなかった軍政家としての能力]は、名高き指揮官で、多くの研究者がその対象としてきた「山口多聞」と「山本五十六」の軍人としての能力について私なりの分析を行なった。次第に敗戦色が濃厚になる中、一矢を報いた伝説的な海戦・ルンガ沖夜戦(7章[ルンガ沖夜戦(昭和十七年十一月) 日本海軍の体質-完勝の裏側に見てとれる負の側面])では、司令官「田中頼三」に焦点をあてつつ、昭和海軍の体質を取り上げた」。

 「そして終戦の前年、昭和十九年(一九四四)である。マリアナ沖海戦(8章[マリアナ沖海戦(昭和十九年六月) 打ち消された「絶対国防圏の死守」-問われるべき三つの敗因])、その指揮官であった「小沢治三郎」(9章[敗北の司令官の実像 小沢治三郎と昭和海軍-マリアナ沖海戦の指揮をどう評価すべきか])、史上最大の海戦とされるレイテ沖海戦(10章[レイテ沖海戦(昭和十九年十月) 史上最大にして最後の海戦-「負け方」を知らなかった日本の敗北])のそれぞれの実相を踏まえ、そこにある日本海軍の組織としての本質的問題への洞察を試みた」。

 「11章[沖縄特攻(昭和二十年四月) 昭和海軍「最後の汚点」-戦艦大和はどう使われるべきだったか]では、終戦の年、昭和二十年にあった海軍の「最後の汚点」ともいうべき歴史について言及した。終章[昭和海軍「失敗の教訓」-なぜ太平洋戦争で敗れたのか]では、各章の戦いにみられる昭和海軍の本質的部分に着眼し、敗戦した太平洋戦争における昭和海軍の敗因について総括的に論じた」。
 「なお、補論[歴史の悲劇-「史上最大の戦艦」と「万能の戦闘機」が語るもの]では、「海」の戦艦大和と対になる存在としての「空」の象徴的存在であった零戦との関係性を論じることを試みた。埋もれていた写真も紹介している」。

 終章では、4つの見出しの下で、それぞれ敗因を探っている。まず、「海軍が想定していた対米戦の実相」では、「準備不足、研究不足という面もあるけれど」、「「専守防衛」の海軍に、太平洋全域をカバーするような大戦争を要求したほうが間違いだったのではないだろうか」と結んでいる。つぎの「真珠湾攻撃における「失敗」」は、「「偵察をおろそかにして、反撃攻撃を躊躇した」ことであると結論した。3つ目の「ミッドウェー、レイテの海戦に共通する敗因」は、「「特攻」は論外の作戦であり、このような作戦を採らなければならない状況に立ち至った段階で、海軍は敗北を認めなければいけなかった」と述べている。最後の「高度な能力を有する組織に足りなかったもの」は、「それを抑止力として巧みに運用する能力が、日本には十分ではなかった」とし、「十分に運用するには、運用する側にさらに高度な能力が必要なのである」と結論付けた。

 そして、「不都合な事柄を隠蔽する動き」が、劣勢となった日本の決定的な敗因となった。「戦史に隠された「不都合な真実」」の教訓は生かされたのだろうか。大和やゼロ戦の世界最高レベルの日本の技術力が、戦後の復興の力になったことより重要なことだろう。いまも同じ「失敗」を繰り返しているように思える。

 「勝って兜の緒を締めよ」という北条氏綱(1487-1541)の格言がある。本書には、勝ったにもかかわらず、その後の敗因になったことが何度も挙げられている。日本の外務省は、東南アジア各国が圧倒的に親日であると、90%以上の親日度の数字を挙げて強調している。だが、たとえばある個人が70%好き30%嫌いの感情をもっていた場合、好きとこたえ、統計上は100%好きになる。30%嫌いは表に現れない。日本への好感度をさらに上げるためには、この30%嫌いを検証することからはじめなければならないが、90%以上の親日度から楽観的に済ませている。本書の教訓はいかされず、「失敗」を繰り返すことになる。「歴史から学ぶ」ということはしばしば唱えられるが、このように現実にはいかされていない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。