平泉信之監修、小松正之著『海洋生態系再生への提言-持続可能な漁業を確立するために-』雄山閣、2023年1月25日、243頁、2600円+税、ISBN978-4-639-02847-5

 本書は、鹿島平和研究所「北太平洋海洋生態系と海洋秩序・外交安全保障体制に関する研究会」(2019-21年度)の最終提言に至るまでの報告である。著者は、研究会の主査で、つぎのように「紹介」されている。「1953年岩手県生まれ。水産庁参事官、独立行政法人水産総合研究所理事、政策研究大学院大学教授等を経て、一般社団法人生態系総合研究所代表理事、アジア成長研究所客員教授...」。

 本研究が開始された経緯について、著者「まえがき」で、つぎのように説明されている。「日本政府は問題が生じたときにお金を配って解決することを長年政策としています」。「しかし、海の環境と生産力は補助金では回復しません。重要なことは科学的根拠に基づいての、大局観と専門性に満ちた対応です」。「海洋生態系と漁業・水産業との関係の問題摘出と対応方策の検討にもそのような大局的、専門分野の狭い域を超えた対応が求められます。水産庁と農林水産省の枠を超え、環境省、国土交通省そして経済産業省の垣根を越えることです。また、研究分野も狭い範囲を越えること、重層的なインターデシプロナリーな専門知を駆使した研究が必要です」。「陸・川・海洋生態系と生物多様性並びに食糧の問題意識と解決策から提言する場合には地球温暖化と気候変動への対応がおのずと違った幅広いが現実的な解決策が見えてくると考えられます」。

 研究課題は、つぎの5つの項目である。「①幅広い生態系の保全を考慮にいれ、漁業資源の管理の手法を改善するために諸外国の先進的事例の研究(ITQ[譲渡可能個別漁獲割当]改善点を中心に)」「②海洋生態系の変化(温暖化と暖水塊の形成)と漁業資源との関係の調査」「③陸上生態系の変化(過去の土地利用と現在の比較研究)と海洋水産資源の生息城[域]と資源量の調査」「④国際機関の機能と現状並びに国際条約・国際機関の設立の可能性の検討調査(日本海、オホーツク海と東シナ海)」「⑤上記を食料の安全保障と資源の配分と分割(回遊のパターン:漁場と産卵場)の観点と合わせて包括的に検討する。国連海洋法第67条サケ・マスの母川国主義は正しいのかの検討」。

 2019年度は12回(1回休会)の研究会を経て「第1次中間論点・提言」(本書第1章)、20年度は13回の研究会を経て「第2次中間論点・提言」(本書第2章)、21年度は12回の研究会を経て「最終提言」(本書第3章)をまとめている。

 「提言は(A)日本国政府、政治家及び産業界に対する提言、(B)行政機関、農林水産省・水産庁、研究機関に対する提言である。しかし、提言の中には更なる研究と検討が必要なものがあることに鑑み、(C)次期の「食、生態系と土地利用研究会」の検討課題を提言後に付した」。

 最終提言と目標タイムスケジュールは、以下の通りである。
 提言1-1「「海洋水産資源と海洋生態系は国民共有の財産である」と独立の法律に明記し、海洋水産資源/海洋生態系の保護と管理を政策の柱とせよ」2023年度まで。
 提言1-2「データを国民の重要な資産と位置づけ、直ちに集積・解析せよ」2023年度まで。
 提言2「気候変動と生物多様性に関する「農林水産省・水産庁・環境省・国土交通省」の政策決定権の移行を行え」2024年度まで。
 提言3「「単一分野の縦割り」から「包括的な政治、行政と研究体制」の樹立を急げ」2024年度まで。
 提言4「漁業の非持続性を促進する漁業経営補償金を水産資源の分析・評価を含む資源調査、温暖化対策やイノベーション対策に当[充]てよ」2024年度まで。
 提言5「ITQを迅速に導入し収入と所得の向上を図れ。ITQを積極的に活用しCO2の削減にも貢献せよ」2023年度まで。
 提言6「自然活用のNBS:逆土木を促進し、NBSを投資機会とし地方活性化の好機と捉えよ」2025年度まで。
 提言7-1「国際条約で定められる科学的根拠の尊重とその履行を第1の原則として、加盟国の責任と義務を果せよ」2024年度まで。
 提言7-2「SDGs[持続可能な開発目標]とOECM「他の効果的は[な]保存措置)などの積極的履行を急げ」2024年度まで。
 提言8-1「海洋水産資源研究機関の水産業生[行政]からの独立」2024年度まで。
 提言8-2「独立したシンクタンク「海洋生態系研究所(仮称)」の設立」2025年度まで。

 そして、最後につぎの4つの検討課題をあげている:課題1「海洋・利用税、漁獲枠・ITQ取引とJクレジットの検討」、課題2「気候変動と生物多様性に関する国際サステナビリティ会計基準(ISSB)への対応、課題3「認証機関の創設と運用・資金調達」、課題4「国民への情報の発信と普及を」。

 本書を読むと、問題はなにでどうすればいいのか、わかっていることがわかる。だが、どう実行すればいいのかがわからない。はたして実行するだけの人材がいるのか疑問である。そういった人材を研究者としても技術者としても、行政担当者としても育ててこなかったのではないか。補助金のばらまきだけでなく、「コンサルタント」など外部に委託して、内部で「専門家」を育ててこなかったのではないか。

 さらに大きな問題は、これらの提言に沿って日本で持続可能な漁業の体制がとれたとしても、海外から「違法」に入ってくれば、日本だけでは対応がとれない。マグロなど、安いものが海外から入ってくれば、国内産業は成り立たなくなる。「国民共有の財産」とするには、その前に「人類あるいは地球共有の財産」とみる必要があり、そうすることで長期的には「国民共有の財産」になることを理解する必要がある。そのためには、持続可能な漁業を、「違法」をせざるを得なくなった国・地域に広めなければならない。すでに、これらの提言の目標年次になっているが、どこまで達成できたのだろうか。実現可能への提言が、別途必要だろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。