児矢野マリ編『漁業資源管理の法と政策-持続可能な漁業に向けた国際法秩序と日本-』信山社、2019年8月30日、187頁、4800円+税、ISBN978-4-7972-5472-3

 編者は、「はしがき」で、日本の漁業をめぐる国内外の厳しい状況を、つぎのように説明している。「現在、天然漁業および養殖ともに、国内の総生産量と主要魚種の生産量は減少傾向にある。国内の漁業就業者の減少に加えて、その高齢化も一般に深刻であり、漁業を主産業とする地域社会の衰退も著しい。また、隣接国と島の領有問題を抱えるなかで、二国間(日中・日韓・日露)漁業協定や二者間(日台)の漁業合意は暗礁に乗り上げているものもあり、周辺海域の漁業資源管理に役立っていないという指摘もある。さらに、太平洋クロマグロやウナギの資源管理、調査捕鯨の問題など、日本の漁業法・政策に対する国際的な批判や、それを受けた国際的措置も目立っている」。

 「これは、なぜだろうか-この問いに関して」答えるのが、本書の目的である。「本書は、海洋生物資源の利用と保存をめぐる国際法秩序の変動と、それを受けた漁業をめぐる国際環境の変化に着目する。そして、日本の関連国内法・政策によるそれへの対応のありさま-「生態系に配慮した持続可能な漁業」を理念として発展してきた国際規範を、日本の国内法・政策がいかに受けとめているのか、そこに課題はないのか-を、法学および政治学の視点から複合的に探究し、行政実務のコメントも得て多角的に検討することにより、この問いに応答することをめざしている。その根底には、グローバル化時代における各国の漁業資源管理の法と政策は、生態系に配慮した持続可能な漁業という国際社会の公的利益の実現プロセスに位置づけられる、という基本的な発想がある」。

 本書は、はしがき、序章、2部全8章からなる。第Ⅰ部は3つの論考、第Ⅱ部は5つのコメントからなる。編者による序章「グローバル化時代における漁業資源管理の法と政策-日本による国際規範の受けとめとその課題-」では、「本書の導入(問題提起、ねらい、アプローチ・分析視角・基本的概念、本書の構成)に加えて、本書の全体的な知見の総括と今後の研究課題が、本論に先駆けて整理されている」。

 第Ⅰ部は、予防的アプローチ(第1章「予防的アプローチに照らした国際法上の海洋生物資源保存義務の発展と日本の国内実施-排他的経済水域における資源管理に焦点をあてて」)と生態的アプローチ(第2章「生態系アプローチに関する国際規範の発展と日本の国内実施」)という「2つの基本的なアプローチに焦点を当てた議論に加えて、漁業資源の管理を支えるIUU(違法・無規制・無報告)漁業の規制のあり方(第3章「IUU漁業対策としての寄港国措置-日本における寄港国措置協定の実施に焦点をあてて」[略])についても探究される」。

 その結果、第1章は、つぎのようにまとめられた。「UNCLOS[国連海洋法条約]上の生物資源保存義務は、時間の経過にともない予防的アプローチに配慮する形で発展してきたと解釈される一方で、日本の国内法では、条文上も、またその運用上も、同アプローチに基づいた意思決定の制度化は不十分であるという。ただし、昨今の水産規制改革においては条約により整合的な動きもみられ、今後のさらなる検討が必要だという」。

 第2章では、「日本における生態系アプローチの実施においては、漁獲対象種の再生産の促進を目的とした漁場環境の保全には積極的だが、国際規範の求める非漁獲対象種の保全や投棄の最小化といった課題に対する政策的位置づけはきわめて限定的であるという。また、海洋保護区のあり方も、国際的に広く受け入れられた規範との齟齬をきたしているという」。
」」
 第3章では、「日本の国内法では外国漁船の寄港許可制に加えて、IUU漁船リスト掲載船舶から非掲載船舶への洋上での漁獲物の転載も規制しており、この点は、寄港国措置協定の目的実現にとって有効であるという。けれども、その規制を実際に執行していくためには、衛星船位測定送信機(VMS)の搭載義務付け、「漁獲証明制度」の構築など、条約義務の履行にとどまらないより積極的な国内法を整備する必要があるという」。

 第Ⅱ部では、「行政法学(第4章「国内法の観点から-資源管理および生態系保全に焦点をあてて」[略]および第5章「国内法の観点から-違法漁業の規制に焦点をあてて」[略]、行政学(第6章「行政学の観点から-漁業資源管理の構造と変化」[略])および国際政治学(第7章「国際政治・外交の観点から-日本の水産資源管理の後進性と産官学の構造を問う」[略]の視点からの論点提起と議論に加えて、行政実務からの検討も行われる(第8章「行政実務の観点から-国際的な水産資源管理と日本の国内実施」)。このようにして、学際的かつ実務も含めた多角的な議論が行われる」。

 第Ⅱ部では、それぞれつぎのようなコメントが提示された。第4章では、「既存法の運用による対応の限界および従来の漁業法の改正の必要性をあらためて確認するとともに、従来のTAC法の統合を含む直近の漁業法の大改正にも触れ、その評価は今後の検討課題とする」。第5章では、「違法漁業に関する刑罰規定の執行は十分機能しておらず、その推定される理由を踏まえれば、国際法の国内実施の実効性確保のためには、条約目的に照らした漁業関連法の目的規定の見直しや、刑法理論との整合性や執行の可能性・容易性に配慮した法整備が必要であるという」。第6章では「直近の漁業法改正に公的管理の強化をみる一方で、国際規範の受容を行政、科学および現場漁業者のレベルでとらえ、とりわけ漁業者を含む諸アクターによるボトムアップの規制空間の拡がりの可能性を指摘し、そこにおける将来の規制の合理的な規制の必要性を指摘する」。第7章では、「国際規範の受容における日本の消極性の原因を、直近の漁業法改革のあり方も含めて、法学および政治学が融合し学際的に掘り下げることの必要性を指摘する」。最後に、第8章では、「IUU漁業対策は、これまでの国内措置の整備に加え寄港国措置の追加で強化されており、近年の「水産政策の改革」では、予防的な措置へより踏み込んだ資源管理が推進されるという」。

 序章の最後の「V 本書における全体的な知見の総括」では、「1 日本による国際規範の受けとめに関する評価」「2 日本による国際規範の受けとめを支える諸要因とその探求-将来の検討課題」を踏まえて、「3 国際規範をいかに「合理的に」受けとめるか-叩き台としての本書の知見」を、まずつぎのようにまとめている。「以上のように、異なる学問領域の協働により、また行政実務からのコメントも得て、本書は、海洋生物資源の利用と保存に関する法を含む新たな国際規範の形成を、また条約の解釈プロセスを通じた既存法における微妙で進化的かつ政策に導かれた変化を、伝統的な国内の法・政策体系および統治構造(法・政策分野の区切りのあり方も含む)において、いかにして、達成すべき目的(生態系に配慮した持続可能な漁業の実現)に照らして合理的に-国際社会および日本の国内社会の双方にとって-受けとめるか、について探求するものである。本書で示された知見は、今後各方面で期待される日本による国際規範の受けとめをめぐる議論において、1つの叩き台となっていくことだろう」。

 ここで強調されたキーワードは「国際規範」である。だが、戦前の日本はとくに東・東南アジア海域で侵略的掠奪漁業をおこない、それを領事館が現地政府と「交渉」し、海軍まで出てきて、日本人漁民を「護った」。IUUはかつての日本漁業であり、それを「習った」者たちのよって日本漁業はいま苦しめられている。過去に日本漁業がおこなったことを棚にあげて、「正論」を吐いても相手にされないだろう。過去の事実を知り、その経験をいかして、これからの日本による国際規範を考えることが、「漁業・魚食大国および海洋立国をめざす」国の第一歩である。どうも日本という国・国民は、歴史的反省という観点が欠如しているようだ。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。