宮下規久朗『戦争の美術史』岩波新書、2025年11月20日、268+8頁、1360円+税、ISBN978-4-00-432090-6

 「戦争絵画は雄弁だ」。帯にあるこの1語がすべてを語っている。そして、「はじめに」と「おわりに」を読めば、本書の全体像がわかる。もっと簡略に知りたければ、帯の裏や表紙見返しをみればいい。つぎのように、まとめられている。

 「戦争は美術にとって重要な主題である。戦争を描く中で美術の技法は進歩したが、一方、戦争によって美術は歪められてきた。巨大な負の力に対峙した芸術家はその体験をいかに作品に投影したのか。ピカソも藤田嗣治も戦争の悲惨を前に、不滅の作品を残している。戦勝を謳う凱歌から痛切な反戦の叫びまで古今の戦争美術を読む」。

 「はじめに」で、戦争と美術の関係を、つぎのように説明している。「文明を推進した戦争が美術と結びつくのは当然であった。実際、美術と戦争とは大きな関係がある。いずれも太古の社会から存在するが、美術が文化の成果を示す一方、戦争は美術を破壊して文明を停滞させるという真逆の結果をもたらした。美術は平和時にこそ制作されるが、戦争のたびに破壊されながら、戦争によって新たな題材を得て深化する面もあった」。

 本書の目的は、つぎのように記されている。「本書では、戦争に関する美術を、絵画に限らず彫刻や記念碑、写真や映画も含め、それらを総称して「戦争美術」と呼ぶ。そしておおむね時代順に、古今東西の戦争美術を振り返り、美術と戦争との関係について考える。戦争美術がいかに始まり、いかに多様化し、その意味を変えていったのか。一冊を通して西洋と日本の重要な作品、つまり名作を中心に紹介し、それらを読み解いていく。戦争という負の力がいかに美術に投影され、時代を超えて人を感動させる作品を生み出すにいたるかというパラドックスから、戦争が人間に突きつけ、問いかけているものは何か、さらに美術とは何かに迫りたい」。

 著者は、「戦争はいかなる美術制作を促すか。主題や動機によって分類すると、まず戦争を肯定するか否定するかに大別できるが、それだけではない」といい、戦争美術の性格をあらかじめ、つぎの5つに整理している:①記録する、②戦争を記念する、③反戦・平和を訴える、④追悼する、⑤芸術性を追求する。

 そして、「はじめに」を、つぎのパラグラフで結んでいる。「戦争は、文化や文明の敵となる。だがそれが創造行為と結びついたとき、多くの人々の心を動かす。それが芸術の力であり、芸術が社会に求められる所以でもある。また戦争美術は多くの共同体にとって集団的記憶を創り出してきた。時代を追って主な戦争美術作品を見ながら、様々な性格について考えてみよう」。

 本書は、はじめに、ほぼ時系列に全7章、おわりに、あとがき、主要参考文献からなる。ヨーロッパを中心に世界の流れのなかで、第Ⅲ章「日本の戦争美術-中世から日清・日露戦争まで」と第Ⅵ章「「どうかよい絵を描いて下さい」-戦時中の日本」は、日本を扱っている。

 「おわりに-戦争美術とは何か」は、3つの見出しからなり、本書の3つの結論としている。最初の「戦争美術の公共性」は、つぎのようにまとめられている。「戦争美術は公的な性格が強い。国や地域の命運を左右する戦争は本質的に公的であり、個人の存在を大きく超えている。そしてアスマンが説くように、過去は個人の想起や記憶だけで成り立つものではない。どのような記憶を残し、また忘却すべきかは共同体が定めるが、戦争はほとんどの場合、文化的記憶の対象となる。そして戦争美術は集団的記憶を形成していく」。「国家と結びつき、公的な性格が強い戦争美術が、政治的な問題に巻き込まれやすいことは容易に想像できるだろう」。

 つぎの「戦争美術の画期」では、つぎのような説明から入る。「戦争美術を決定的に変化させたのは第一次世界大戦である。この大戦では、近代的な兵器が人力を圧倒し、互いに顔も見えない塹壕戦が続いた。英雄の活躍は見られず、ドラマも起承転結もない、無機質で非情なその戦争は、歴史画のようには戦争を表現できないことを明らかにした。そしてこれまでにない膨大な数の犠牲者は、戦争を肯定しようとする勢力を吹き飛ばしてしまう。従来のような古典的な美術が時代遅れになり、前述のモダニズムが生まれつつあったのはまさにこの頃である。戦争そのものの変化、そして主題よりも造形性を追求するモダニズムの誕生-この二点から、十九世紀に描かれた歴史画としての戦争画は通用しなくなっていく。実際、戦争による廃墟を「新しい世界」として逆説的に表現したポール・ナッシュ、主人公不在で死体が散乱する戦場を露悪的に描いたオットー・ディックスのような画家のみが、この戦争の真実と自らの美術表現とを結びつけることができたのである」。

 さらに、「広島、長崎の経験を含めて、第二次世界大戦による壮絶な数の死者は、国家を超えた新たな問題を提示した。西側諸国では、膨大な数の戦没者をどのように追悼するかという問題が政治的な課題として持ち上がり、平和運動が盛り上がるなか、共同墓地と隣接する形で追悼慰霊の記念碑が各地に建てられた。とりわけ敗戦国ドイツでは、多くの戦没者慰霊碑は反戦平和を誓願する警告碑でもあった。そして美術史においても、反戦や厭戦を謳うものが多くなった」。「しかし美術が戦争と結びついて大きな表現力を発揮したのは第二次世界大戦までである」。「映像と写真が生む圧倒的な臨場感が戦争のイメージと情報を支配し、絵画や彫刻の出る幕はなくなった」。

 そして、最後の「戦争美術の普遍性」は、つぎのパラグラフで終わっている。「しかし、戦争を表現した美術はどれほど過去のものとなっても、優れた作品は今も大きな力を持っている。《ゲルニカ》のピカソをはじめ、ゴヤもヴェレシチャーギンもディックスも藤田も、人間の愚かさや残虐さを語っている。卓抜な美術表現によって、個別の戦争を通して戦争の本質を表し、さらに、世界のあり方について、また人間の生と死について考えさせる。戦争画は雄弁である。作者の意図はどうであれ、それこそがイデオロギーや言説に還元されず、正邪や倫理に回収されない美術の力といってよい」。

 新書で、これだけの作品を、しかも多くがカラーで観ることができることに感謝したいが、同時に残念に思った読者も多いことだろう。それはだれより著者自身が思っていることで、「あとがき」でつぎのように吐露している。「「戦争の美術全史」を想定し、膨大な図版とともに長大な原稿を書き上げたが、その分量では二冊分にせざるをえず、原稿と図版の半分近くを削除する破目になった。あくまで作品を中心にし、個々の戦争やその背景についての歴史的説明はほとんどカットしたが、重要な作品や私にとって興味深い作品は何とか収録できた。抜けている分野や作品があるとすればこの大幅な削除ゆえであり、ご寛恕いただければ幸いである。また戦争と美術については、美術と政治や倫理という大きな問題の中心にあるため、まだ論じるべきことも多く心残りもある。しかし本書がそれを考える契機や素材のひとつになれば幸甚である」。

 最後に、「何度も話し合い、大幅な削除と修正、カラー図版を重視した煩雑なレイアウトまで」苦労したことが書かれている。わたしが「感謝」したのは、著者だけでなく、先行研究者や研究仲間、出版社の編集者など、裏で支えた人たちが一体となって、本書が刊行されたことがうかがえたからである。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
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早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、182頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
 早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。