松尾恒一『倭寇・海商・華僑-海はいかにして歴史をつないだか』ちくま新書、2025年11月10日、254頁、920円+税、ISBN978-4-480-007715-8
「歴史の主役は「海」にあり」と帯に大書してある。だが、大方の人は、「脇役」としてしか、思っていないだろう。
本書概要は、表紙見返しで、つぎのように紹介されている。「西洋列強の進出、信仰の伝来、生活文化の変容-世界をつなぎ歴史を更新してきたのは、国境のない海を主戦場とする海賊や海商たちだった。日本を含む多国籍海賊となっていった「倭寇」、日本へ渡り外国の文化を伝えた「海商」、日本の近代化に貢献した「華僑」。時に権力と結びつき、時に非合法的な方法で、彼らは荒波を乗り越え、いかにして新しい文化を届けたのか。大航海時代から現代まで、海を越えて伝えられた文化に焦点を当て、新しい視点から東アジアの歴史を描きなおす」。
本書の目的は、「はじめに」で、つぎのように説明されている。本書の目的の一つは、「中近世の新たな国際秩序のなかでの、日本の衣食など生活文化の激変についてを考えることである。当時は新しい繊維であった木綿や、海外からもたらされたさつまいも、じゃがいも、砂糖といった新食材が日本人の生活に根づいていった」。「清国にとっては密貿易であったが、彼らがもたらす砂糖や高級シルクである生糸、絹織物、また木綿を幕府は歓迎し、日本人の生活を豊かにした」。
本書のもう一つの目的は、「ヨーロッパの世界進出において、アフリカ大陸から連れ去られて強制労働に従事させられた、黒人をはじめとする外国人や現住民の苦難に目を向けることである」。「前近代~近代には、アフリカの人々だけでなく、中国人や日本人の多くも欧米人の奴隷にされた」。
さらに、つぎの目的が書かれている。「パソコンやスマートフォンなどの精密機器、そして衣服は、現代の生活に欠かせないものである。これらを廉価で購入できることがありがたいことはまちがいない。しかしながら、こうした品々を、地球上のどこで、どのような人々がどのように生産しているのか。我々の生活を成り立たせているものがどこからやってきて、我々の生活が実現しているのか。材料の獲得や生産の工場、海を越えた運搬に従事している労働者まで、今日に至る歴史を意識してそうした問題に目を向けてほしいというのが、本書の目的である」。
そして、「本書が、未来と、未来へと続く起点である現在について、「海」から見えてくる歴史に目を向けて考える契機になれば、幸いである」と、「はじめに」を結んでいる。
本書は、3部各部2章全6章、あとがき、参考文献からなる。各部は、「Ⅰ 倭寇-世界をつないだ多国籍海賊」「Ⅱ 海商-日清・日蘭貿易と激変する世界」「Ⅲ 華僑-日本に渡った華人たち」で、各部のおわりに「結びに」がある。
「結びに」の直前に、各部の「結論」となるものが書かれている。Ⅰは第1章「倭寇と大航海時代」と第2章「東南アジアを目指した中国海賊」からなり、第2章をつぎのパラグラフで結んでいる。「歴史的遺物などの文化遺産を保存することは、公共の記憶を伝える重要性からも現代の重要な課題である。しかしながら、グローバル化が進む状況下において、人種・宗教問題を含む地域レベルの多文化社会のあり方を模索するなかで、人類にとっての「公共遺産」をどのように認定し、後世に継承してゆくべきか、「公共」の「公」の範囲を問い直しつつ、国を超えての議論が必要な課題も少なくないだろう」。
Ⅱは第3章「貿易はどのように行われていたのか?」と第4章「日清・日蘭貿易で激変した生活」からなり、第4章をつぎのパラグラフで結んでいる。「そうした廉価な製品は、工場従事者を低賃金で働かせるにとどまらず、非人道的で反人権的な強制労働によって実現しているのは、現代でも珍しくはない。消費者にとっては、一円でも安い商品の方が生活が助かることはまちがいない。しかしながら、製品の原材料の生産から商品の加工、工場から店舗に運ばれて販売されるまでの過程について、他人事として無関心であってはならないだろう」。
Ⅲは第5章「清の海商から在日華僑へ」と第6章「戦後の華僑」からなり、第6章をつぎのパラグラフで結んでいる。「日本に暮らす華僑に眼を向けることは、日中交流の長い歴史にとどまらず、日本列島に日本人以外の人々の歴史があることに目を向けることの重要性に気づかせてくれる。彼らは日本にとどまらず、早くから東南アジアなどの周辺国にも移住し、ヨーロッパの大航海時代以降には、アメリカ大陸やオーストラリアなどにも進出して華人社会を形成した。世界各地の華僑社会と、日本の華僑社会との比較は、世界のなかでの日本の立ち位置を考える上でも重要な手がかりを与えてくれるのである」。
そして、「あとがき」で、つぎのように本書をまとめてる。「本書は、東アジアの海賊や密貿易・私貿易など反社会勢力の国家間移動や経済活動によって新たにもたらされたモノが日本人の生活を激変させた影響について、日本人の海を越えた交流をも視野に入れて、その歴史を考えた書である。現在の我々の生活を支えるモノの来歴に目を向け、多くのモノが他国、特に弱い立場に置かれた人々の犠牲ともいえる労苦によって生み出されていることを考える契機になれば幸いである」。
本書は、先行研究にフィールドワークなどで得た現在に生きる歴史を加えて、話を展開している。現在の問題を見据えての歴史で、「はじめに」の最後の「未来と、未来へと続く起点である現在」の意味が、よくわかってくる。本書で全体像をつかんだ後、個別研究をすると、さらに動き動かした人びと、それらの人びとによって動かされたモノ、これらの人びととモノを受けいれた人びとと社会、そしてその後の人びとと社会がみえてくることだろう。個別研究が多数出現することによって、本書を超える「新しい視点から東アジアの歴史を描きなおす」ものが出てくることを期待させる書である。
「海」が主役の歴史は、現代のグローバル社会に通ずるものがある。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、182頁(発行予定、早稲田大学リポジトリからダウンロードできるようになる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。
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