大野俊『忘れられていた日本人-フィリピン残留二世の終わらぬ戦後』高文研、2025年12月20日、301頁、2400円+税、ISBN978-4-87498-956-2
本書の概要は、帯につぎのようにまとめられている。「アジア太平洋戦争で家族を引き裂かれた「二つの祖国」を持つ人々。40年にわたる丹念な取材で、戦後「ハポン」(日本人)と呼ばれ敵視されながら生きた残留二世の壮絶な人生を追う。日本国籍回復への闘い、そして日本に定住した子孫たちの現在。戦後80年を経ても続く、戦争の「後遺症」とその責任を問う渾身の記録」。
著者は、「はじめに」の「フィリピン残留二世の半生と抱えてきた問題」で、さらに詳しく「「フィリピン残留日本人問題」とはいったい何なのか」と問い、「この問題になじみのない読者のために」説明を加えている。
「フィリピンの残留二世は大方が戦前の日本人移民の子供たちである。戦前期のフィリピンでは日本人の他の移住国にはない規模で日本人男性の現地女性との結婚や同棲が起きた。太平洋戦争中にはフィリピンのほぼ全土が日本軍と連合軍(フィリピン人抗日ゲリラを含む)の激戦地となり、実に多くの日本人が亡くなった。厚生労働省の調べでは、この国で日本人は軍人・民間人を合わせて海外で最も多い約五一万八〇〇〇人が犠牲になった」。いっぽう、「フィリピン人の戦争犠牲者の数はフィリピン政府調べで約一一一万人。日本人犠牲者の二倍強の数で、当時のフィリピンの人口の約七%に当たる国民の人命が失われる結果となった」。
「戦時期に成人になっていた二世の大半は侵攻した日本軍の軍人・軍属として動員され、戦後はこの国では「対日協力者」、「裏切り者」として敵性市民扱いを受けた者が多い。米比軍と戦った残留二世の中には、戦闘終了後に抗日ゲリラの「私刑」で殺害されたり、そうした迫害を逃れて戦後の数年間、ジャングルの奥地や離島で息を潜めるような生活を送った者もいる」。
「まだ幼くて対日協力をしなかった者も「ハポン」(日本人)と呼ばれて敵視の対象にされた。残留二世たちは戦後、ほぼ一様に、母国を蹂躙した日本軍へのフィリピン大衆の憤りを肩代わりする形で迫害や差別を受け、土地・家屋などの財産を当局などに没収されたうえ、日本人の父親を戦死や日本への強制送還で失ったなかで全般に貧しい生活を強いられた」。
そんな二世は、「フィリピン人の対日感情が徐々に改善してきた一九七〇年代から八〇年代にかけて」各地で日系人会を組織して、「日本の弁護士らの支援を得て、未払い状態の軍人恩給や遺族年金の請求、戦後、没収された財産への補償、戦後、日本に送還された日本人の父親らの親族捜しなどを日本政府に求める運動を開始」した。「それと当時に、日本における自分の身元(戸籍)探し、父親と一緒に暮らしていた時まではあったはずの日本国籍の確認や回復を求める動きを強めた。二〇〇〇年代になってからは、中国残留日本人が日本国籍回復のために用いた法的手段である「就籍」(日本の家庭裁判所での審理を経て自分の戸籍を作ること)の申立てが相次ぎ、日本国籍「回復」を果たす二世が相次いだ」。
本書は、はじめに、全4章、あとがきなどからなり、「最新のリサーチも加味し、約四〇年という時間フレームの中で、私[著者]が彼らとかわした対話の記録でもある」。「本書の特徴の一つは、新たな面談調査で得たデータをもとに過去の著作で取り上げさせてもらった残留二世たちの人生第二幕・第三幕を紹介したことです」。「日本の支援団体の粘り強い調査によって最近になってその存在が明らかになってきたパラワン島やカラミアン諸島の二世たち、私の独自調査でわかった「最後の残留日本兵」の子孫、戦後、フィリピンに残留したフィリピン人妻、日本に「引揚げ」をしたフィリピン人妻やその子孫ほか、これまで取り上げてこなかった問題やケースにも光を当てました。また、これまで接点のなかった二世・三世・四世にもフィリピンや日本の各地で面談し、今も抱える課題を含め、現在進行形の家族史を描いたのも目新しい点だとおもいます」。
外務省の委託調査によると、「フィリピン全国で確認された二世(死亡者を含む)は計三、八一五名で、このうち四三%にあたる一、六四九人はすでに日本国籍を取得している。残りの二、一六六人は日本国籍がなく、フィリピン国籍や無国籍の状態にある。このうち一、七九四人はすでに亡くなっているが、一三四名は生存が確認され、他に二三八名が生死不明という」。生存者134名のうち、日本国籍希望は50名、希望せずは63名、保留は21名である。
本書は、「日系人の歴史にフォーカスして調べ」た成果で、過酷な戦後を送り貧困に喘ぐ日系人に、貧困から抜け出す手段のひとつとして日本国籍を取得して日本で働くことができるように手をさしのべた弁護士らの記録でもある。長年にわたる地道な支援にはほんとうに頭を下げるしかない。そして、ともに寄り添ってきて記録をまとめ、本書を出版した著者にも大いに敬意を表したい。
いっぽうで、フィリピン国籍を希望して日系フィリピン人になった者には、あまり焦点が当てられていない。気になったのは、日本への希望が語られ強調されることで、選択されなかったフィリピンが貶められているように感じることである。思い過ごしだろうか。
本書は「この問題に関して専門知識を持たない方も手にとって頂きたい一般書」で、著者は「この本の執筆と平行する形で編集作業を進めた『変容する日系人のアイデンティティと市民権-語られてこなかったフィリピン日系三世代のライフヒストリー』(仮題)というタイトルの学術書も二〇二五年度中に京都大学学術出版会から刊行を予定して」いるという。おそらく、そこで学術的に議論されるのだろうが、気になったことを付記しておきたい。
まず、戦前の日本人移民の父親で、現地の女性と結婚した者は、基本的に現地社会で暮らし、二世も現地社会の一員になることを想定していた。戦前、現地女性と恋愛関係になるだけで「村八分」扱いされ、日本人社会から排除された例がある。フィリピンでも一時滞在の商社や銀行などの駐在員で現地女性と結婚する者はいなかったし、ダバオのマニラ麻会社の太田興業でも古川拓殖でも帰国を前提とした社員にはいなかった。現地女性と結婚したのは、栽培者や労働者であった。カトリック教会で結婚式を挙げ、少数民族のバゴボなどと結婚した者は伝統に則った。妻は日本語を学ぼうとせず、日本人社会に加わろうとしなかった。
日本人の夫は子どもにたいして、日本人になって欲しいと考える者は日本人小学校に通わせ卒業後は内地に進学させたが、それはわずかだった。日本人社会とかかわりをもって欲しいと考える者は、日本人小学校に通わせた。現地社会中心に生きて欲しいと考える者は、現地の学校に通わせることになった。それでも日本人の夫は日本人であることに固執し、沖縄などでは徴兵回避のために移民した者もいたが、毎年徴集延期願を領事館に提出した。遠隔地であっても、子どもの日本国籍を希望する者は、遅れてもそのときに出生届を提出することができたので、そうしなかった者は子どもたちがフィリピン社会で生きることを想定していたことになる。詳しくは、拙稿「戦前期日比混血者の「国籍」について」(『アジア太平洋研究』49号、2024年10月、1-17頁)を読んでいただきたい。誤解して欲しくないのは、そこでも書いたが、この父親の想定が戦争によって完全に狂ったのだから、国籍を回復することはもちろん、希望者が就籍することも当然といえよう。戦後永らく、日本政府は自ら現地に残ったとして棄民扱いしたが、想定を狂わせた日本の責任を考えなければならない。
また、日本軍の占領地や沖縄では、将校は愛人を要求し、兵士用の慰安所が設置されたが、不同意性交はいたるところで起きて子どもができた。中絶が許されないカトリック教徒の多いフィリピンでは、そのまま生むことになった。ある将校は開戦後1年間に自分の子が100人できたと豪語したと語り継がれ、これらの子に日本政府から金を取ってきてやると言って「交渉費」を要求する「政治家」がいた。地元での後日談には、際限がない。悪い話ばかりではない。ミンダナオ島南沖のサランガニ諸島では戦闘らしいものはなく、たいへんだったのは谷川に水を汲みに行ったことぐらいで、駐留日本兵との関係もよかったようで、日本兵の隊長の名前を子どもにつけた者もいた。
日本国籍を希望する者について、考えなければならないのは、国籍を取得するということは、権利と同時に義務や責任が生じることだ。そのひとつとして、国政選挙や地方選挙に参加できるだけのコミュニケーションと知識が必要だ。そして、選ばなかったフィリピンを尊重することである。そうでないと「二つの祖国」の架け橋にはなれない。貧困から脱出したつぎに、社会の一員になることを考えないと、日本社会での生活の向上、社会的上昇は望めないだろう。
いっぽう、日系フィリピン人で「成功した三世は日系人会とはほぼ無縁」というのも気がかりだ。かれらこそ、両国の架け橋になり、グローバル人材として活躍できる存在だ。ディアスポラを象徴するフィリピン人は、世界中どこにでもいる。日系人を通して、世界のどこへでも出ていける。フィリピン人の長所と日本人の長所の両方をもつ人材をいかさない手はない。それが、日本語や日本文化による交流だけではない、現代に通用する両国関係に発展する。
フィリピン共和国の視点からみると、この問題は日比2国間関係だけで解決するものではない。フィリピン津々浦々には中国系住民がおり、南部にはマレー系住民がいる。フィリピン共和国政府にとっての「外国人問題」、あるいはグローバル化社会の問題として考えることによって、新たな学術的意味もみえてくるだろう。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/list/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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