林博史『沖縄戦-なぜ20万人が犠牲になったのか』集英社新書、2025年6月7日、348頁、1130円+税、ISBN978-4-08-721360-7
「県民の4人の1人が犠牲になった沖縄戦」。1944年7月にサイパン島の日本軍が全滅したとき、アメリカ軍はフィリピンや沖縄に回り道することなく、日本本土を目指せば、この20万の犠牲はなかった。本書は、日本軍の責任を問う視線で書かれ、さらに今日の有事に際しての歴史的教訓抜きの沖縄の防備を問うている。
本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「一九四五年三月末から約三か月間にわたり、米軍と激しい地上戦が繰り広げられた沖縄戦。軍民あわせ約二〇万人もの命が失われた。戦後、日本は平和憲法を制定したが、沖縄は米軍の軍事支配に委ねられ、日本に返還後、今なお多くの米軍基地が存在している」。
「また、近隣国を仮想敵とし、全国で自衛隊基地の強靱化や南西諸島へのミサイル配備といった、戦争準備が進行中である。狭い国土の日本が戦場になるとどうなるのか?八〇年前の悲劇から学び、その教訓を未来に生かすために、国土防衛戦の実相を第一人者が膨大な史料と最新の知見を駆使し編み上げた、沖縄戦史の決定版」。
本書は、序、全5章、おわりに、あとがきなどからなる。序で「なぜ今、沖縄戦か」と問い、冒頭、つぎのように説明している。「近代の日本は戦争に次ぐ戦争の時代だったが、その最終盤に大きな地上戦としておこなわれたのが沖縄戦だった。一九四五年三月末から沖縄に米軍が上陸し、三か月にわたって住民を巻き込んで激しい地上戦がおこなわれた。当時の沖縄県の人口は約六〇万人、約八万人は県外に疎開していたと見られるので約五〇万人が巻き込まれた。日本全体(朝鮮、台湾、樺太を除く)では人口は七〇〇〇万人あまりだったが、もし戦争が長引いていれば、その日本本土でも同じような地上戦がおこなわれていたかもしれない。そういうことを考えると、沖縄戦はけっして沖縄だけの問題ではない」。
つづけて、つぎのように今日の問題に言及している。「今日、日本が戦場になることを想定した準備が次々になされている。ミサイル・アラートによる避難、攻撃されても司令部機能は生き残ることができるようにする自衛隊基地の強靱化対策、南西諸島への自衛隊配備と住民の避難計画、それらを進めるための軍事予算の倍増など、沖縄が真っ先に戦場にされるだけでなく、日本全体の戦場化が想定された施策が次々に実施されてきている」。
だが、日本人一般には、歴史的教訓という意識も現実の危機感もない。著者はさらに、つぎのように問いかけている。「沖縄戦における重要な出来事のひとつは、日本軍が多くの沖縄県民を殺害したことだが、歴史教科書にこの事実を書こうとした時、文部省(略)は教科書検定で削除させた」。「現在にいたるまで、日本政府も自衛隊も旧日本軍を称え、住民を犠牲にしたことを隠し続けているのはなぜだろうか」。「沖縄の人々を本土防衛の捨て石(捨て駒)、つまり本土のための犠牲にしたのが沖縄戦だったが、そのことを認めず、そうした犠牲を繰り返さないような施策を抜きにしたまま、南西諸島の軍事化、戦争の準備が進められている」。「そうしたことは沖縄だけのことではない。現在、日本全国では約三〇〇地区の自衛隊基地などの「強靱化」計画が進められようとしている」。
そして、「おわりに」では、日本政府、メディア、世論にたいして、つぎのように問いかけている。「日本の戦争責任や植民地責任、近年では日本軍「慰安婦」問題や朝鮮人の強制連行・強制労働問題、靖国神社問題を例に挙げると、日本政府もほとんどのメディアも世論も、韓国や中国が批判しているから対応するという議論の仕方ばかりである。日本という国家がなぜそうしたことをおこなったのか、それを改革し二度と起こさないような国・軍(自衛隊)・社会をつくることができているのか、など自らの問題として考えようとはしない。少女の性を広範に利用し搾取している今の日本社会は、日本軍「慰安婦」制度を本当に反省した社会なのだろうか。労働力不足に対処するための方策としか考えず、外国人労働者の人権を踏みにじるような入国管理や外国人技能実習生制度などを当たり前のように維持している日本国家・社会は、朝鮮人や中国人の強制連行・強制労働についていったいどのように反省し、そうしたことを繰り返さない社会をつくったなどと言えるのだろうか」。
また、沖縄の視線から、つぎのように振り返ってまとめている。「沖縄の近代を振り返ると、琉球王国が廃されて日本に併合され、日本本土への同化政策が進められるなかで、それに対する疑問、問いかけ、模索がなされ、本土から差別される沖縄という枠組みを変えようとする試みもなされた。移民もそうしたこととは別の道の模索だったと言えるだろう。残念ながらそうした営みは日本国家によって圧殺され、日本がおこなう侵略戦争に沖縄全体が駆り立てられていった」。
「しかし、沖縄戦において、国家や軍・行政・教育の教えに従っていれば死ぬしかない状況に追い込まれるなかで、天皇のために命を捧げよ、それが帝国臣民の名誉だという国家の教義を拒否して、生きようとする人たちがたくさん生まれた。お上の言うことに従っていれば死ぬしかない状況のなかで、自分たちの頭で考え判断し行動する人々がたくさん生まれてきた。この沖縄戦の経験は沖縄社会を、沖縄の人々を大きく変えただろう。その姿はすぐに現れたわけではなかった。米軍は沖縄の人々を従順だと判断して、暴力的に土地を取り上げ、軍事基地建設を推し進めた。それに対して、一九五〇年代に島ぐるみ闘争と呼ばれる広範な抗議運動が繰り広げられた。日本国家から犠牲にされて捨てられ、米軍からも圧政を受けるなかで、自らの人権を自らの意思と行動で勝ち取る運動を粘り強くおこない、日本復帰を勝ち取った。これは植民地の独立あるいは自国の軍事支配からの民主化に匹敵する運動の成果だったと言ってよいだろう。もちろん基地のない沖縄を目指した日本復帰だったにもかかわらず、ここでもまた日本政府とアメリカ政府によって裏切られ米軍基地を押し付けられているが、それでもあきらめずに平和と人権を希求する努力を続けている」。
そして、「おわりに」を、つぎのパラグラフで締めくくっている。「なお本土からは、「癒しの島」沖縄のイメージが観光と結び付いて広がっているが、他方で、沖縄社会が抱えている暴力/性暴力、性搾取、女性差別、貧困、共同体からの排除・差別などが不可視化されてしまっている。近年、沖縄ではそうした問題が取り上げられてきているが、それらは沖縄戦とその後の米軍軍事支配が残し、あるいは生み出した問題でもある。また基地を維持し続けるために日本政府がおこなっている経済政策の問題でもある。本書ではこうした問題に触れることはできないが、沖縄戦から現在にいたる、日本とアメリカというふたつの国家と軍事支配が生み出してきた問題を全体として認識し考えることが-特に日米両国が南西諸島の軍事化、戦場化をともにそろって推し進めている現在-、ますます必要になっているのではないだろうか」。
沖縄の問題は、日本の国内問題である、とだけ考えればいいのだろうか。本書を読むと、日本軍が占領地でおこなったことと同じことが語られている。たとえば、沖縄でも日本軍は各地に軍慰安所を設置しただけでなく、将校は「愛人」を求めた。沖縄を占領地同様に見た日本軍は、国軍ではなかった。天皇のために死ぬことを強いられた皇軍だった。はたして、自衛隊は沖縄を含む日本国の「軍隊」なのだろうか。もしそうでないなら、著書が強調するように、沖縄だけでなく日本のどこにでもおこりうることを考えなければならない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/list/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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