永井均編『総決算 対日戦犯裁判』講談社選書メチエ、2026年1月14日、377頁、2600円+税、ISBN978-4-06-542364-6

 本書は、第二次世界大戦の「対日戦犯裁判-東京裁判とBC級戦犯裁判-を主な検討対象に据え、国際的な視野と比較史的な観点に立って分析を加えるものである」。

 「東京裁判の被告人はA級戦犯と通称されることもあるが、それは裁判を律した裁判所憲章が規定する三つの犯罪類型に由来する呼び方である。裁判所憲章は、管轄する戦争犯罪を三つのカテゴリーに分け、それぞれ侵略戦争の計画、開始などの犯罪と捉える「平和に対する罪」(いわゆるA級犯罪)と、一九〇七年のハーグ陸戦条約および同条約に附属する陸戦規則、二九年のジュネーヴ捕虜条約など従来の戦争法規の違反である「通例の戦争犯罪」(B級犯罪)、そして自国民を含む文民に対する戦前・戦時中の非人道的行為である「人道に対する罪」(C級犯罪)と命名した」。

 「BC級戦犯を訴追した裁判は、アメリカ、中華民国、イギリス、オーストラリア、フランス、オランダ、フィリピンの七ヵ国が、アジア太平洋地域の五一ヵ所に特設した軍事法廷で実施し(一九四五年一〇月-五一年四月)、日本軍将兵ら約五七〇〇名の残虐行為の刑事責任を追及、九〇〇名以上もの被告人に死刑が科された。このほか、ソ連と中華人民共和国も独自に対日戦犯裁判を行った」。

 「本書の特徴は、戦犯裁判研究の第一人者(歴史家や国際法学者、裁判官や会議・法務通訳者など)が一堂に会して、この世界規模で展開した「戦争の裁き」の内実と遺産をグローバルな視点から読み解いた点にある。海外各国で公開された一次資料と最新の研究に基づいて裁判の実態を明らかにし、今日に与える影響をも観察した、いわば現時点での対日戦犯裁判史の決定版であり、『総決算 対日戦犯裁判』と題した所以である」。

 本書は、はじめに、5部全15章、各部終わりのコラム、おわりに、あとがきなどからなる。第Ⅰ部「国際軍事裁判」では、「東京裁判とその先例になったニュルンベルク裁判という、日本とドイツの戦争指導者を裁いた二つの国際軍事裁判を論じる。そこでは、開廷に至る経緯や被告の選定、公判審理の争点や判決の特徴など、二つの国際法廷の法的、歴史的な意義と課題が描き出される」。

 第Ⅱ部「BC級戦犯裁判」では、「連合国七ヵ国によるBC級戦犯裁判の実相を浮き彫りにし」、続く第Ⅲ部「その他の対日戦犯裁判」では、「長くヴェールに包まれていたソ連と中華人民共和国による対日戦犯裁判に光を当て、それら裁判の実像に迫る。連合国諸国は国際法を意識しつつ、それぞれ独自の法と制度で「戦争の裁き」に取り組んだ。そこには各国固有の政治・外交的、そして社会・文化的な側面が投影されていたが、共通点もあった。第Ⅱ部と第Ⅲ部ではともに、裁判の背景や訴追準備、戦犯処罰の法と制度、公判と判決、訴追の終結など、共通の比較分析軸を意識しつつ叙述を進め、そのことによって読者に新たな視点や素材を提供した」。

 第Ⅳ部「責任の所在をめぐって」では、「対日戦犯裁判がはらむ「責任の所在」という争点について、上官責任と実行者責任の問題、そして朝鮮人、台湾人戦犯など日本の植民地出身者が訴追された背景と構造を分析する」。

 そして最後の第Ⅴ部「後世に託された遺産」では、「対日戦犯裁判の終結以降、国際社会は戦争犯罪概念と訴追の制度、メカニズムをいかに練り上げていったのか、現在における到達点を確認し、その意義と残された課題を見定める」。

 「このほか、コラムとして、東京裁判に対する日本国民の受け止めや、戦犯裁判における通訳の役割、戦犯裁判と性暴力の問題、そしてアメリカによる広島・長崎への原爆投下を含む核兵器をめぐる国際法上の位置づけについて、それぞれ専門家が解説を加えている」。

 「おわりに」では、「総決算」の結果、浮かびあがってきた問題点をまとめている。「諸国の対日戦犯裁判は、固有の歴史や文化、社会、法と制度を投影し、全体として画一的ではなかったものの、それぞれが国際法を意識し(ほとんどの国がハーグ陸戦条約やジュネーブ捕虜条約に加入していた)、裁判手続きに則って取り組んだ。各国は、戦犯裁判という未曽有の計画を、検察官や弁護人、通訳などの裁判関係スタッフの不足、証拠の確保の困難さといった不安定な要素を抱えながら遂行することを余儀なくされた」。「戦勝国による処遇や事件をめぐる認識の枠組みに対して、敗者(被告側)の抵抗感は強かったのである。そこには「勝者の裁き」の限界を見て取ることができる」。「他方で、これらの裁判がその後、戦争犯罪概念の普遍化を促し、戦後の国際法整備の方向性を定める契機になったことも確かである」。

 そして、つぎのように総括している。「本書は、第二次世界大戦後に連合国と関係諸国が行った対日戦犯裁判の全体を俯瞰した研究の、現時点における一つの到達点である。各国に所蔵される一次資料に基づき、共通の分析軸を意識しながら考察を加えた日本で初めての、そして世界的にもユニークな包括的研究書といえる。近年、(日本を含む)各国で戦犯裁判の関連資料が公開されたことが追い風となって、戦後八〇年、裁判終結から約七〇年の歳月を経て刊行が実現した。特に、従来不鮮明だった裁判主催国の考え方や対応、取り組み-裁判実施の経緯や基本方針、体制、処罰方法などの制度面、そして捜査や裁判の展開、結果といった運用面-を、ある程度明らかにしたことが本書の特長だが、分析が十分に行き届かなかった点もある」。

 本書は「総決算」であって「現時点における一つの到達点である」。これまで、日本占領下、戦時下にあった国・地域でそれぞれの状況がかなり異なり、比較は困難であった。それが、共通の分析軸を用いることによって糸口が開かれたといえよう。「総決算」が「出発点」になったのである。それにしても、多くの人びとの長年の努力にもかかわらず、第Ⅴ部を読むと、それがあまり報われていないことがわかる。「平和創造の礎」になっていない現実が、いまのわれわれの目の前にある。それだけに、この「総決算」の意味は大きい。「平和創造の礎」になる研究を、いまここからはじめることができる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/list/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。