藏本龍介・土佐桂子編著『現代ミャンマーにおける社会支援の人類学-「協会(アティンアポェ)」をつくる』明石書店、2026年3月31日、273頁、3500円+税、ISBN978-4-7503-6092-8

 まず、この地味な学術書が出版されたことに驚いた。本書は、驚くだけの価値がある貴重な研究成果であり、まずは出版に漕ぎつけたことに敬意を表し、心からお慶びを申しあげたい。

 驚いた理由は、いまのミャンマー情勢のなかで、まともな研究調査はできないと思っていたことに拠る。したとしても、その成果をまともなかたちで公表することは難しいと思っていた。それを、本書執筆者たちは見事に克服し、こんな情勢でもできる基礎研究テーマを慎重に選び、現地調査をおこない、かなり制限はあっただろうが、本書にまとめたことは、研究の継続をいう1点だけを考えても、計り知れない貢献をしたことになる。

 本書は、2つの研究プロジェクトの成果報告である。そのきっかけを、「あとがき」でつぎのように紹介している。「2010年代以降のミャンマーでは、社会的な福祉活動を主眼とする協会が急激に増加しつつあった。我々は、こうした協会が宗教を核とすることが多いことに着目し、当初はこれらを「宗教NGO」と位置付けて調査研究を開始した。欧米などでは、NGO活動は宗教と福祉とを切り離す形で法的に整備されることが多い。一方で、近年世界銀行の動きもあって、人道支援に対する宗教の役割への期待や再評価が高まっていたことも背景の一つであった。こうしたミャンマーの「協会」は、市民が宗教を核として自発的に形成している「非政府系組織(略)」でもあり、宗教NGOという切り口は、必ずしも的外れではなかったと思う」。

 「本書の主要な問い」は、第1章「序論」の冒頭で、つぎのように説明されている。「ミャンマーでは2000年代以降、草の根レベルでの様々な支援事業-葬式支援、医療、教育支援、災害援助、宗教・言語・文芸文化の保護など-に従事する諸組織の活動が活性化している。ミャンマーではこれらの支援組織は一般的に「協会(アティンアポェ)」と呼ばれる。それではこうした協会の組織的特徴とはどのようなものか」。

 本書のキーワードは、副題にある「協会」である。「はしがき」では「本書の射程」の見出しの下、つぎのように整理している。「協会とは実態上(組織形態や自称など)、国際・国内NGO、政府系NGOとは区別される(区別が難しい場合もある)。ただしミャンマーの行政資料で用いられている組織区分は、この実態上の区別と重なりながらもズレている。本書(特に第1部)では、①実態上の区分と②行政登録上の区分の2種類が並列して登場することになるため、ここで整理しておきたい」。「ミャンマーの行政資料では、福祉活動に従事する組織は「社会組織(略)」と総称され、その下に①「INGO」、②「NGO」、③「協会(アティンアポェ)」という3つのカテゴリーが区別されている(略)。実態上の諸組織が、行政登録上どのように分類されているかは、以下のように整理できる」。「・国際NGOは、登録上「INGO」に分類される」。「・国内NGOは、登録上の「INGO」もしくは「協会」に分類される」。「・政府系NGOは、登録上の「NGO」もしくは「協会」に分類される」。「・協会は、登録上の「協会」もしくは「INGO」に分類される」。「・いずれの組織も、どのカテゴリーにも登録されていない場合も多い」。

 「本書の意義」は、4つ挙げられている。「第1に、ミャンマー地域研究に貢献しうる点にある。軍政期(1962~2011年)においては、ミャンマーでの現地調査は長らく限定的であり、2011年の民政移管後の変化についても、政治経済的なイデオロギー体制の分析が優先され、また、連続性よりも分断が強調される傾向にある。それに対して本書は、国家権力とは異なる回路で進行する社会福祉的な各種の支援事業のメカニズムを、軍政期からの連続性において探求しようとするものである。こうした作業は、2021年のクーデター以降の抵抗運動の組織的広がりや、少数民族地域や軍統治地域内に民主化勢力によって作られる「解放区」とその統治技術を考える上でも重要な手がかりとなるだろう」。

 「第2に、協会についての分析を通じて、ミャンマーの民主主義論にも新たな光を当てうる点である。民主主義に関する政治学・哲学的な議論では、討議を基礎とした「民主主義」概念の普遍性、討議できる市民の存在が前提とされる傾向にある」。「本書が対象とする協会は」、「「実践としての民主主義」の一例として捉える」。

 「第3に、ミャンマーにおける市民社会論を批判的に再検討しうる点にある。ポストコロニアル人類学においてコマロフ夫妻が強調したように、市民社会は国家の外部に自律的に存在する自由の領域ではなく、植民地主義・資本主義・宗教の諸力が交錯する編成として現れる」。「しかしこの議論は、市民社会を「西洋的普遍語彙の翻訳と変形」として捉える傾向が強く、現地の倫理や制度が公共性を自生的に生成する契機を十分に捉えていない」。「本書が対象とする協会は、その限界を乗り越える視角を提供する。協会の運営を支えるのは、人権言説や監査規範の翻訳ではなく、「布施」や「利他」を核とする仏教的倫理経済である」。

 「第4に、開発と宗教をめぐる人類学的研究に対しても理論的な貢献をもたらしうる点にある。2000年代後半以降、開発・社会福祉に果たす宗教の役割があまりにも軽視されてきた反省から、「宗教的転回(略)」と呼ばれるような潮流が生まれ、「信仰にもとづく組織(略)」など、宗教的な背景をもつ組織が、多くの注目を集めるようになっている」。「ただしこれらの分析対象は、キリスト教やイスラームが中心となっており、仏教組織の福祉的・ボランタリー的な動向についての研究はまだその端緒についたばかりである。それに対し本書は、事例として仏教組織を多く取り上げており、その点において国際開発研究の分野において重要な比較対象を提供することになるだろう」。

 本書は、2部全10章、あとがきなどからなる。第1章「序論」を含む「第1部 協会の概要」は4章からなり、「関連する先行研究、協会の歴史的経緯、統計資料を分析することによって、協会についての大まかな見取り図を提供することを目的としている」。第2部「事例編」は6章からなり、「フィールドワークに基づく事例分析を行う」。

 第2章「ミャンマーにおける仏教協会の歴史」(藏本龍介)は、「ミャンマーにおいて「仏教協会(略)」と呼ばれる組織がどのように形成され、宗教支援のあり方と社会秩序の再編に関与してきたのかを、植民地期から現代に至る長期的視野から検討する」。その結果、「仏教的規範と近代的組織技術が相互に介入し続けることで、ミャンマー社会において宗教と福祉の新たな接続様式が自己組織的に生成されてきたことを明らかにする」。

 第3章「登録された『協会』の分布と特徴」(土佐桂子)は、「ミャンマーにおける協会の分布とその特徴を明らかにするために、内務相総務局が作成しMIMU[The Myanmar Information Management Unit]によって公開された各郡の『地域関連事項』2019年版を用いて、登録情報にもとづく量的整理を行う」。その結果、「協会の分布と組織名称の比較を通じ、ミャンマーにおける社会組織の状況を把握するためには、制度上の区分だけではなく、地域差や活動内容の細やかな検討が不可欠であることを指摘する」。

 第4章「ミャンマーにおける『政府系NGO』」(飯國有佳子)は、「従来一括して語られてきた「政府系NGO」について、総務局『地域関連事項』で全国共通に把握される5つの「政府公認NGO](赤十字社、補助消防団、退役軍人協会、母子福祉協会、女性問題連盟)に絞って実証的に検討する」。その結果、「「国家の手先」という単線的な理解を超え、民主移行期を含むミャンマーの社会支援組織を、動員・協働・自律が交錯する制度構造として再定位する」。

 第2部第5章「国家と市民社会のはざまからみえるもの-地域社会における政府公認NGOと協会のガバナンス」(飯國有佳子)は、「民主移行期のミャンマーの地方都市ピィにおける、政府公認NGO(補助消防団)と市民的結社(協会)の活動を民族誌的に比較し、地域社会におけるガバナンスの実態を検討する」。その結果、「国家と市民社会を対立的に捉える従来の二元論を乗り越え、ミャンマーにおける地域ガバナンスを、行政制度と宗教的倫理が交錯する日常生活の中で「善き行い」が競合・調整される動態的なプロセスとして提示している」。

 第6章「功徳と倫理のあいだ-ミャンマー葬式支援協会の展開」(土佐桂子)は、「ミャンマーにおいて葬式支援協会がいかに立ち上がり、受け入れられ、拡大していったのかを、功徳と倫理の交差に注目して検討する」。その結果、「葬式支援協会の普及を、道徳の自明性が揺らぐ局面における倫理的判断と情動的応答の積み重ねが、説法・制度・資源の整備と重なり合いながら地域社会に根づいていくプロセスとして位置づける」。

 第7章「『協会』としてのダバワ瞑想センター」(藏本龍介)は、「ミャンマーに広く見られる布施の集積と再配分の仕組みとしての「協会」が、2007年に設立されたダバワ瞑想センターにおいてどのように再編されているかを検討する」。その結果、「仏教的修行と福祉的実践、そして組織運営が相互に影響し合いながら、「協会」としてのセンターの形が生成され続けていることを明らかにしている」。

 第8章「ムスリム社会支援組織-同胞のための活動と地域社会に開かれた貧困者支援」(斎藤紋子)は、「ヤンゴンとマンダレーにおけるムスリムが運営する社会支援協会の活動と、その地域社会との関係を検討する」。その結果、「地域社会に開かれた支援が、反ムスリム運動の高まりの中で、ムスリムが地域住民との関係を築き、社会の一員として生きるための生存戦略となっていると指摘する」。

 第9章「シャン文芸文化協会考」(髙谷紀夫)は、「ミャンマー各地に展開するシャン文芸文化協会(SLCA) に注目し、シャン系住民がいかに文化的紐帯と相互扶助の仕組みを築いているかを検討する」。その結果、「SLCAを固定的な民族組織としてではなく、地域状況と歴史的文脈に応じて変化し続ける動態的な社会組織として描き出している」。

 第10章「少数民族地域の貧困者支援の再編-タアン社会における『支援』と『協会』」(生駒美樹)は、「シャン州パラウン自治区ナムサン郡のタアン(パラウン)社会を対象に、茶生産という生業に根ざした伝統的な互酬関係である「支援(略)」と、近年台頭した「協会」による実践を比較し、地域社会における貧困者支援がいかに再編されつつあるかを検討する」。その結果、「義務的な互酬性と「パラヒタ(利他)」という異なる道徳的価値が接触・補完し合うことで、少数民族地域におけるセーフティネットが重層的に再構築される過程を描き出している」。

 政権が安定せず、継続的な福祉が望めない社会にあって、いかに市民が奮闘して対応しているかがよくわかる。だが、いっぽうでむなしい気になる。そんななかで、執筆者たちは「二つの大きな出来事」を乗り越えて、調査したことが、「あとがき」に書かれている。「2019年末から始まったコロナ感染症は世界中に広がり、2020年度は調査のためのミャンマー渡航が不可能となった。さらに、2021年2月1日には、軍司令官ミンアウンフラインによる軍事クーデターが起こった。数日後には公務員や大学生などを中心に市民的不服従運動(略)が広がり、若者を中心として多くの町で街頭デモが行われたが、そうした抵抗運動への締め付けは強まり、徐々に厳しい弾圧が行われ、多数の死者が出る事態となった」。

 「コロナ感染症以降、SNSやオンラインや電話を通じての聞き取りが主な情報源になっていった。海外調査そのものは、コロナ感染症が徐々にコントロール可能となっていくにつれ、再び現地調査ができる環境にはなっていったが、ミャンマー国内はクーデター以降不安定な状況が続き、我々は主にミャンマー国外での調査を重ねることとなった。一方、今回の出版に当たっては慎重に議論を重ね、本書ではクーデター以前の時期を主に扱うこととした。クーデター後の政治状況を鑑み、調査協力者の安全を最優先すべきと判断したためである」。

 本ブログ冒頭で「驚いた」と書いたのは、多少なりとも、ミャンマーにおけるこのような調査がひじょうに困難であることを知っていたからである。このような状況下にもかかわらず、本書を出版したことに、どれほどの苦労があったのか、想像すらできない。そして、「調査協力者の安全を最優先」したために、本書で書けなかったことが、気兼ねなく書ける日が来ることを願っている。また、3つめの共同研究プロジェクトに期待している。

 本書は、ナショナル・スタディーズの成果であり、ミャンマーに関心のある人向けに書かれたものである。本ブログでは、ミャンマーになじみのない者に読みやすいよう、ミャンマー語などは「(略)」とした。とくにミャンマー国内での調査が困難なときに調査したタイなど近隣諸国の状況を書いてくれると、よりミャンマーの事情が理解できたかもしれない。ミャンマーは多民族国家であり、国境を越えて暮らしている同系列の民族も多い。その意味で、ミャンマー研究者以外へのメッセージも、いっしょに考えるためにほしかった。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。