金山泰志『近代日本の対中国感情-なぜ民衆は嫌悪していったか』中公新書、2025年2月25日、216頁、860円+税、ISBN978-4-12-102842-6

 著者は、「はじめに」の冒頭で「あの悲惨な戦争を二度と繰り返してはならない」と述べている。本書の目的は、この一語に尽きる。つづけて、著者はつぎのように説明している。「アジア・太平洋戦争の日本にとっての終戦月である八月、そのような趣旨のテレビ番組が連日放送される。戦争の記憶の継承は大事である。同時に、どうしてあのような戦争の惨禍が起こったのか、その要因を問い直し続けることが必要であり、それは日本近現代史研究が担う大きな役割でもある」。

 つぎに、著者は「なぜ中国か」と問い、つぎのように答えている。「周知の通り、近代日本の軌跡は、日清戦争・北清事変・対華二十一ヵ条の要求・満洲事変・日中戦争などに象徴されるように、中国との対立の歴史でもあった。日本の近現代を通して、中国は「大いなる他者」「忘れ得ぬ他者」であり、中国の存在を抜きにして、日本の過去も将来も語ることができない」。そして、「日中関係史を紐解こうとする場合、焦点となるのが日本人の中国観だ」。「本書では、この中国に対する日本人の一般民衆の眼差しを、「好き・嫌い」「良い・悪い」といった感情レベルで見ていきたい」。

 そのため「本書では近代日本で刊行された少年雑誌のビジュアル表現(挿絵・漫画・写真)に注目する。少年雑誌は、歴史学の領域であまり注目されてこなかった史料であり、民衆感情を捉えるうえで有用な史料であることはあまり知られていない。子ども向けの娯楽メディアである少年雑誌には、わかりやすい善悪二元論でエンターテイメント化されたものが溢れかえっている。特に中国との敵対時には、きわめて先鋭的な形で敵愾心や蔑視感情が誌面に表出し、中国・中国人に対する感情的な表現を読み取ることができる」。

 本書は、はじめに、全3章、おわりに、あとがきなどからなり、時系列の3章は明治、大正、昭和期である。本書の特徴は、つぎの3つにまとめられている。「①従来の中国観研究が対象にしてきた知識人層ではなく民衆の対中感情に着目する」。「②知識人層が執筆した記事や書物といった文字史料ではなく、少年雑誌の挿絵や漫画、写真といった非文字史料=ビジュアル表現に着目する」。「③明治・大正・昭和戦前期という長期間(一九世紀後半~二〇世紀前半)にわたる一般民衆の対中感情の包括的把握を行う」。

 全3章の関係は、第2章「「一等国」意識の大正期-「負」の象徴と「日中親善」の声」の最後の見出し「燻り続けたネガティブ感情」で、つぎのようにまとめられている。「第1章[「日清・日露戦争の明治期-同時代中国への蔑視」]で見てきた、一八九〇年代から一九一〇年代初頭の明治期は、日清戦争という直接的な敵対関係を経て、日本の対中感情を大きく変容させた時代だった。同時代の中国人のネガティブ感情は、日本社会一般に浸透・定着し、特に日清戦争中は、敵愾心の宣揚のため、激しい蔑視表現も見られた」。

 「その後の一九二〇年代に至る大正期でも、日清戦争後に定着した悪人描写、滑稽化などが、変わらず続いていた。日清戦争ほどの敵愾心の高揚ぶりは少年雑誌や映画にはなかったが、ネガティブ感情がつねに燻り続けていた。大正期も、辛亥革命や第一次世界大戦における日中間の確執など、明治期と同様に、日中間でいざこざが起き、明治期以来のネガティブな対中感情が、違和感なく存在できた時代だったといえる」。

 「他方、古典世界の中国偉人に対するポジティブな感情も、明治期と同じ傾向にあった。日本社会一般の対中感情に劇的な変化をもたらした戦争を経てもなお、古典世界の中国の扱いは変わらなかった。ただ、同時代の中国人との違いは、メディア露出の差にあった。同時代のネガティブな中国描写は圧倒的な量だった」。

 「日露戦争期の少年雑誌にも表れ、明治期の知識人層のなかで「支那保全論」、つまり東アジアを列強の侵略から守るために日本と中国は連帯すべきという考え方にも表れていた。次章[「満洲事変・日中戦争の昭和期-慢心と嘲笑」]の昭和戦前期にも、似たような中国に対する日本の優越意識が継承されていく」。

 第3章の最後の見出しは「戦争正当化に使用される中国古典」で、つぎのように結論している。「古典世界の中国・中国人は、近代日本を通しポジティブな評価の傾向にあったが、その日本人の「親しみ」「敬愛」すら、戦争を正当化する道具と化していたのである」。

 そして、「おわりに」冒頭で、つぎのように結論を述べている。「ここまで見てきたように、少年雑誌などから読み取ってきた大衆の近代日本の対中感情は、大きく分けると「同時代の中国へのネガティブ感情」と「古典世界の中国へのポジティブ感情」だった。もちろん、数量の傾向であり例外がないわけではない」。

 「本書で、あらためて強調したいのは、近代日本における中国・中国人が、日本人にとって息の長い「娯楽コンテンツ」だったことである」。「近代日本人は自分にとって都合のよい、されるがままのおもちゃの人形のように、中国・中国人を消費してきた。戦時中は、戦争プロパガンダのなかで、敵愾心を煽り戦争へ向かう熱を高める役目を負わされた。平時でも、小説など創作物の引き立て役である悪人として舞台に上げられた。あるいは、子どもたちの「嘲笑」の対象として滑稽に描かれ続けた。一九世紀末の日清戦争以降、中国人は日本人にとって身近な外国人であるとともに、中国人に間違われること、中国人役をさせられることに嫌悪感を抱く、そのような存在となった」。

 そして、つぎのパラグラフで「おわりに」を閉じている。「今後のよりよい日中関係を考えていくうえで、相手国への感情の歴史的変遷を知っておくことは決して無駄ではない。相手国に抱いている感情は、歴史の積み重ねのなかから生まれているからだ。戦後日本の対日感情については、さまざまな世論調査研究があるが、数値化された「親しみがある・ない」の内実は、もちろん同時代の政治・経済的影響が強いだろうが、それだけではないことを、本書が示した対中感情の軌跡が示唆すると思っている」。

 ただ、著者はつぎのような危惧を「あとがき」に加えている。本書の内容は、「中国の人々に強い不快感を与えるものだろう。日本人にも中国人にもショックを与えるような歴史をわざわざ掘り起こしているようにも思われるかもしれない。しかし、目を背けたくなるような表現をオブラートにつつんだところで、決して問題の解決にはならない。臭い物に蓋をするような姿勢は一見穏便に見えるが、「日本人は差別をしない」といったような、ネット空間を中心に語られる歪んだ歴史認識を助長してしまう恐れがある」。

 もし、本書で語られた中国人像が訪日中国人観光客や労働者などと重なるのなら、日本人の対中国感情は、いまも同じということになる。「つり眼・出っ歯」を誇張したアメリカ映画の日本人像の例を出すだけでなく、そういうものを変えたのはなにかを紹介してもよかったのでないだろうか。「嫌悪していった」民衆を変えるにはどうしたらいいのか、残された課題は大きい。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。