小関隆・藤原辰史・駒込武・林田敏子・岡田暁生『第二次世界大戦再考』(レクチャー 第二次世界大戦を考える)人文書院、2026年4月20日、146頁、2000円+税、ISBN978-4-409-51124-4
本書は、京都大学人文科学研究所の共同研究「人物で見る第二次世界大戦」(2022-25年)の成果の一部で、2024年6月に開催された人文研アカデミー連続セミナー「第二次世界大戦再考」(全4回)がもとになっている。
また、2007-15年に組織された共同研究「第一次世界大戦の総合的研究」の成果を引き継ぐものである。だが、ヨーロッパとアジアでは、2つの世界大戦の意味はずいぶん違う。日本人研究者にとっての第一次世界大戦は、まず世界史のなかで「総合的」に理解する必要があった。それにたいして、「アジア・太平洋戦争」として詳細に検討されてきた第二次世界大戦は、具体的な事例から「再考」する必要があった。
「「人物で見る」というアプローチをとった」理由について、「「レクチャー 第二次世界大戦を考える」の刊行にあたって」では、つぎのように説明している。「有名か無名かを問わず、特定の個人(諸個人)への着目を通じて、広く流布する第二次世界大戦像に有為な修正を施そうと意図したためである。通説に最も鮮烈な意義を突きつけるのは個々人の固有の経験に他ならず、人物に照準を合わせる手法には、通説が孕む問題性を浮き彫りにし、その一人歩きに歯止めをかけて、第二次大戦についてのわれわれの理解や解釈をより陰影に富んだものとするポテンシャルがある」。
本書は、序論、全4章、あとがきからなる。各章は、セミナーに登壇した4名の論考からなり、序論で各論考の内容や主要な論点が整理されている。「あとがき」では、「三年にわたる共同研究班の歩みを振り返りつつ、そこで共有された問題意識を確認するとともに、研究班の成果として今後刊行される単著シリーズの趣旨について」述べている。
「序論 第二次世界大戦はどんな戦争だったのか?」では、まず「文民の犠牲」をとくに銘記すべきものとして取りあげた後、「第1~4章の内容に即して、第二次世界大戦(以下では大戦と略記)の捉え方をいくつか提示」している。「文民の犠牲」は、つぎのようにまとめている。「文民のうちでも特に集中的に殺されたのが、人種学や優生学といった「理論」「科学」に基づいて、ナチ・ドイツが「最終解決」=「絶滅」されるべき最も「劣等」な集団に特定したユダヤ人である。ジェノサイドの対象となったユダヤ人の犠牲者数は六〇〇万に迫る(ユダヤ人だけでなく、ロマや障碍者、同性愛者も集団的に殺戮された)。原爆投下とホロコーストこそ、大戦を第一次大戦と差異化する特有の「悪」である」。
第1章「ナチス「飢餓計画」をめぐる人びと」で「とりあげるナチの「飢餓計画」は、ドイツ民族を養うに足る食糧を生産する「生存圏」(「生命空間」)の獲得という戦争目的を達成するために立案され、実行された。「生存圏」となるべき東方の地域(特にウクライナの穀倉地帯)で生産される食糧が充たすのはあくまでもドイツ民族の胃袋だけであって、占領地の「劣等」な住民(と捕虜)が「生存圏」に残留していてはならない。占領地を更地にすることを目指す「飢餓計画」において、殺戮は目的達成のための基本的な行為だった」。
第2章「台湾人にとっての戦争経験と戦後経験-植民地支配に翻弄された生と死」は、「形式のうえでは一九四五年九月二日の日本の降伏文書調印によって終わった大戦が、実はこれで終結したわけでは必ずしもなかったこと、第一次大戦と同じく、未完の戦争であったことを伝える。日本の敗戦の直後に始まった中国の内戦を思い起こすだけで、この点は了解できるだろう」。「中国の人びとにとって、大戦と国共内戦という「戦後の戦争」は一続きである。そして、中華人民共和国の人民解放軍が台湾の軍事制圧を自重した理由の一つも、朝鮮戦争というまた別の「戦後の戦争」が勃発したことであった」。
第3章「キッチン戦線-第二次世界大戦期イギリスにおける主婦の戦い」が「クロース・アップするのは、総力戦において「戦争の当事者としての覚悟」を求められた銃後の文民、とりわけ「食糧戦争」の「キッチン戦士」「司令官」たることを期待されたイギリスの主婦である。戦場の兵士だけでなく、市井の文民にも戦勝に向けた貢献が要請される総力戦において、主婦が「戦士」に擬せられたのは驚くに値しない」。「節約を心がけ、食習慣を見直し、無駄のない調理方法を案出し、難しい条件の下でもなるべく良質な料理を提供して、戦争遂行に貢献しようとした主婦の奮戦は、ついつい見落とされがちな、しかし重要な総力戦の一側面である」。
第4章「リヒャルト・シュトラウスってまだ生きていたの?」の主役は、「言わずと知れた大作曲家、バッハに始まりベートーヴェンを経てワーグナーに至る「偉大なるドイツ音楽」の系譜の継承者と広く認められた人物である。ナチは芸術がもつ訴求力や動員力の政治的な利用価値をよく理解しており、「偉大なるドイツ音楽」を手厚く庇護した」。「総力戦は老人にも貢献を求める。シュトラウスは終戦時には八〇歳を超えているが、彼のような著名人であれば、いかに高齢であっても戦争の役に立つ」。
そして、序論をつぎのように結んでいる。「これで大戦の性格を論じ尽くしたとはいえないにせよ、いずれも大戦というとりつき難い複合的戦争を理解するうえで有効な捉え方だろう。国連の機能不全をはじめ、ポスト大戦レジームがさまざまなかたちで行き詰まっているかに見える時代に遭遇している私たちにとって、これらの角度から大戦をあらためて再考してみることの意義は小さくない」。
「あとがき」では、「あえて特定の人物に焦点を当て、個々の経験と大文字の「大戦史」との関係性を問うことで、通説的な第二次世界大戦像に再考を促す視座を提示することを目指」すに至った経緯が語られ、つぎのようにまとめている。「人物研究の核心は、戦時体制というマクロな「構造」と、その只中を生きた個々人の経験とを切り離すのではなく、両者を往還させながら結び直す点にある。どの人物に焦点を当てるのかという選択は、国家の枠組みによって編成されてきた戦争史を相対化し、インターナショナルあるいはトランスナショナルな視座から第二次世界大戦を捉え直す可能性をも開く。個々の戦争経験は、戦後いかに記憶され、語られ、あるいは忘却されてきたのか。死後長い時間を経て再評価される人物がいる一方で、時代の変化とともに忘却されていく人物もいる。こうした人物評価の変遷そのものが、第二次世界大戦の記憶がいかに構築され、また再構築されてきたのかを考えるうえで、重要な手がかりとなる。このような視角に立つとき、加害と被害、戦勝と敗戦、戦時と戦後といった単純な二分法では捉えきれない、より複雑で多層的な戦争のありようが浮かび上がってくるだろう」。
すでに小関隆『中立という選択肢-エーモン・デ・ヴァレラとアイルランドの第二次世界大戦』(人文書院、2026年)が出版されているが、2010-14年に計12冊を刊行したシリーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」と踏襲した単著シリーズが刊行されるという。ヨーロッパ中心の第一次世界大戦の世界史とは違い、ヨーロッパ戦線だけでなくアジア太平洋戦線をも視野に入れた世界史を人物を通して、どのように論じるのか楽しみである。その意味で、第2章で台湾を取りあげた意味は大きい。
※ 大阪府豊中市(千里中央)に転居しました
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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