赤嶺淳『油脂で語る近現代-クジラとオランウータンをつなぐ糸』平凡社新書、2026年5月15日、285頁、1150円+税、ISBN978-4-582-86105-1
著者は、「フィールドワークを研究の中心的手法にすえて」、これまでナマコやクジラをテーマにした学術書を出版している。本書は、「鯨油からパーム油へ」「油脂から見えてくる、知られざる近代の姿」を描き出そうとしている。
本書の問題意識は、「序章 クジラとオランウータン」で、つぎのように説明されている。「いわば一九世紀なかばからの一五〇年間を「近代」と捉え、マーガリンという加工食品、否、その主要原料が鯨油からパーム油に変化した経緯に注目して、「近代とはなにか」を考えること」である。
さらに、つぎのようにつづけている。「まだ確定的な定義にはいたっていないが、本書では便宜的に、「捕鯨業や漁業のような『自然の収奪』から養殖やプランテーションのような自然を囲隔(囲いこみ)した環境で『生物を倍育』する形態への移行」という、生産形態の転換という視点で近代を捉えなおし、その過程で生じた問題群を関連づけて理解してみたい」。
本書は、序章、Ⅲ部全6章、終章、あとがき、謝辞などからなり、序章に「本書の構成」がある。第Ⅰ部「太平洋を拓く-高貴な灯りをもとめて」は3章からなる。第一章「漂民の海」の主題は、「万次郎をはじめとする漂民の人生は、太平洋(捕鯨)史にとって、どのように位置づけることができるだろうか?」という問いである。第二章「星条旗の翻った海」では、「太平洋開発史に関連する事柄として、ペリー来航の政治的動機について再考する」。第三章「ユニオン・ジャックの蠢く海」では、「英国の太平洋捕鯨業の栄枯盛衰について物語る」。
第Ⅱ部「南極海を拓く-世界商品化した鯨油をもとめて」は2章からなり、「近代捕鯨業について論じ」る。第四章「ロシアの東進と南進」では、「まずは視点を北太平洋に転じ」、「一八世紀末から本格化するロシアの南進過程について、明治政府による近代捕鯨業の育成との因果関係を分析する」。第五章「「生命線」としての南氷洋と満洲」では、「日本による南鯨への参入・拡大過程をあとづける」。
第Ⅲ部「熱帯雨林を拓く-代替油脂をもとめて」は、第六章「油脂間競争の興亡と帰結」の1章からなり、「本書が「油脂間競争」と呼ぶ、食用油脂のあいだで展開された市場競争一〇〇年間の軌跡をあきらかにする」。
終章「食と環境をつなぐリテラシー」は、「トランス脂肪酸という心疾患をおこす原因ともされる不飽和脂肪酸を過度に恐れる、わたしたちの健康志向と地球環境との関係性を批判的に検討する」。
そして、序章最後の見出し「見取り図を描く」は、つぎのことばで終わっている。「まずは食と環境のつながりに関心をもつことである。そのつぎは、行動してみることだ。マーガリンを食べてみたり、プランテーション開発の最前線、あるいは自然保護区に行ってみたり、とやれることはたくさんある」。「大切なのは、その過程で発見した事実に感動し、憤慨することである。そうした経験のひとつひとつを積みあげていけば、「食と環境」についての自分なりの見取り図が描けるはずである。借りものではなく、自分自身で構築した関係図であるという事実が貴重なのだ」。「以下、わたしが二〇年かけて築いてきた見取り図について語っていこう」。と、著者はかなり自信をもって本書を書いた。
著者は、終章で、自身の専門について、つぎのように語っている。「わたしは○○学や△△学といった特定のディシプリンをもたず、食を中心とする「野生動物と人間の関係」、あるいは「人間による環境利用」という問題の研究者である。利用(収奪)と管理の関係を考えているうちに、東南アジアのナマコにはじまった関心が世界のクジラにまで拡大することになってしまった」。
そして、「あとがき」では、本書をつぎのように自己評価している。「分析対象を狭く設定すれば、その分だけ掘りさげた緻密な議論が可能となる。それが、正統な学問のあり方なのかもしれない」。「しかし、本書が点と点をつなぐ「食と環境のリテラシー」を唱道する以上、わたしが従来の学問を踏襲していてもはじまらない。失敗をおそれず、みずからの実践を紹介してみた次第である。無関係に思える歴史をつなぐともなれば、議論の粗さにくわえ、少なからぬ間違いもあるであろう。必読文献を落としているかもしれない。それでも、捕鯨問題を研究するわたしが、自分なりの「見取り図」を描こうとした点に本書の価値があると信じている」。
著者は、フィールドワークにもとづいたミクロな事例から大きな世界を見ようとしている。その結果、本書のように点と点がつながった。だが、「受益者であり、加害者でもあること」はなかなかつながらないし、「先住民からの視点と先住民への言及が決定的に欠如している」ことへの反省も忘れない。著者の出発点となった「ヤシ研」は、とうに超えたというのに。
視野を広げた先の問題は、それぞれ既存の研究には粗密があり、また関心の違いがある。信頼できる研究成果があって、「見取り図」が自分にあえばいいが、そうでないととんだ勘違いをすることになる。一度、信頼できないとわかった著者の文献は使えなくなるが、それを乗り越えて同じ著者のものでも使えるものと使えないものがあることを見極める能力を身につけることは至難である。
著者が先住民のことを書けなかったのは、先住民の「見取り図」と近代産業の目指すものがまったく違うからである。伝統捕鯨には文化があり、それに従事する人びとが生活する社会がある。だが、近代捕鯨にはない。インドネシアには近代捕鯨を拒否して伝統捕鯨を守り続けている人びとがいる。東南アジアには広く湖沼や水田を利用した淡水魚の伝統養殖があるが、それは近代海洋漁業とは別物だ。プランテーションには、文化や社会はないのか? 困ったことに、近代産業には国家の政治、経済さらに軍隊まで絡んで多額の「補助金」が動き、自立した産業になっていないものがある。生活する人びととは、絡んでこない。ましてや、文化など育たない。
「還暦を目前にひかえた」著者は、「あと一四、五年は歩きつづけたいと念じている」。それが叶えば、本書のマクロな経験が、ミクロな考察に活き、さらにマクロな考察に磨きがかかることだろう。期待したい。
※ 大阪府豊中市(千里中央)に転居しました
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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