長友淳編『オーストラリアの日本人-過去そして現在』法律文化社、2016年7月1日、242頁、4800円+税、ISBN978-4-589-03782-4

 「移民」ということばには、しばしば「 」がつく。なぜなら、時代、移住元、移住先などの状況によって、その意味が大きく異なるからである。したがって、オーストラリアの日本人「移民」研究には、歴史研究、日本研究、オーストラリア研究など、いずれに軸足をおくかによって、その方法も違えば、目的も違い、自ずから結論も違ってくる。

 本書では、「戦前・戦後の経済的苦境から逃れるための農業移民あるいは故郷を去らざるを得なかった残酷物語的な響きがある」ものから、「日本社会においては特に90年代以降、海外に留学やワーキングホリデーで渡る者、退職後に海外に暮らす者」まで、「移住の多様化の中で、移住そのものの概念が多様化」したことを踏まえて考察している。

 近年、オーストラリアの日本人永住者・長期滞在者数が顕著に伸び、2015年現在約8万5000人になっている。「オーストラリアへの日本人移住の流れは、第二次世界大戦時の強制収容および戦後の強制送還によって「分断」しているため、現在のオーストラリアにおける日本人社会は「一世」が大半を占めている。しかし、近年、彼らの高齢化、国際結婚の増加や二世および三世の急増、また「戦争花嫁」や「リタイアメント移住」の移住者の高齢化が顕著になり、オーストラリアの日本人社会は、大きな転換点を迎えつつある」。

 「以上のような状況を踏まえ、本書は「転換期にあるオーストラリアの日本人社会の過去と現在」を描き出す。時代の転換期を迎えつつある現在、日本人コミュニティがどのような歴史を経験し、いかなる歴史を背負った人々から構成され、今日どのような姿にあるのか、本書はオーストラリアの日本人の過去と現在を「移住者の語り」を中心としながら考察する。また、今日の日本人コミュニティが、多文化主義の進展をめぐるポリティクスや非白人系住民の増加がみられるオーストラリア社会において、どのように位置づけられるのかという点も論じる」。

 「本書が焦点をあてるオーストラリアの日本人の考察は、単にオーストラリア社会の研究に留まるのではなく、それを通して「多文化化する日本」を考えることにもつながる」。したがって、「日本社会に存在する数多くの文化的他者を考察するときにマイノリティにしかみえない社会の姿や視点、あるいは今後の日本の移民政策や多文化主義社会のあり方を考える上で」役に立つかもしれない。

 本書は、序章、それぞれ6章からなる2部全12章からなる。時代的に、白豪主義の時代「第1部 白豪主義そして多文化主義を生きる-日本人移住者の記録と記憶からひも解く-」と1970年代の多文化主義の導入以降「第2部 日本人コミュニティの現在-多文化主義、移民の女性化・新移民-」の2つに分けて考察している。

 第1部では、「真珠貝ダイバー、砂糖黍プランテーション労働者、からゆきさん」から、戦争中、在豪日本人ほぼ全員が強制収容所に送られ、戦後日本へ強制移送されたこと、太平洋戦線から送られてきた日本兵が捕虜収容所から集団脱走を試みた悲劇、戦後広島などに駐留したオーストラリア兵と結婚した「戦争花嫁」までが描かれ、オーストラリア人、アボリジニーとのあいだに生まれた日系人についても論じている。

 第2部では、ワーキングホリデーで渡豪しオーストラリア人男性と結婚した者、1980年代から90年代初期の移住者、1990年以降の移住者、ビジネスビザ保有者、リタイアメント滞在者、学生ビザ滞在者に大別される、多様化・女性化が進展した日本人社会を論じている。その結果、つぎの3つの特徴を、編者は「序章」で指摘している。「第1に、人口の地理的集中がみられない点」、「第2に、日本人コミュニティの組織型からネットワーク型への移行」、「第3に、「エスニック・グループ」としての新たな連帯の模索」。

 最終章の「第12章 遠隔地多文化主義-オーストラリアの日系移民と<いまここ>に根付いたトランスナショナリズム-」(岩渕功一)では、博士論文に基づいた研究成果が単著単行本として出版されているものの、「日本からの移民の研究は一世が圧倒的に中心となっており、二世以降の研究はいまだ多くされていない」点、「オーストラリアにおける他の(特にアジア系)移民との比較研究」がおこなわれていない点を指摘している。

 往復10万円もかからない飛行機代で頻繁に往き来でき、年齢、家族、仕事などの状況によって世界中どこに住むかわからない状況で、「オーストラリアの日本人」と限定する意味はどこにあるのか。本書の「過去そして現在」から未来はみえるのか。第2部で論じたことの先が見えなくなっているのが、問題のひとつだろう。