山口二郎『民主主義は終わるのか-瀬戸際に立つ日本』岩波新書、2019年10月18日、242頁、840円+税、ISBN978-4-00-431800-2

 著者、山口二郎は、「はじめに」で、つぎのように問うている。「今までの日本政治の常識を当てはめれば、これらの政治腐敗や不正あるいは強権的立法の一つでもあれば選挙で政府与党は敗北を強いられたはずである。そして、政権交代に至らないまでも、自民党内で権力の交代が起きたはずである。なぜそうならないのか」。

 つづけて、つぎのように「一つの説明」をしている。「虚偽や不正、多数の専制が余りに頻発して、国民もそれに慣れてしまい、怒りの世論が盛り上がらないというものであろう。今や日本人は、安倍政権の不正・腐敗が次々と重なることを許容し、一つ一つの問題を受け止め、批判する能力を失っているのではないか」。

 そして、「さらに疑問は残る」として、「なぜ人々は不正や腐敗に対して慣れてしまい、怒らなくなったのか。様々な問題が相次ぐにもかかわらず、なぜ安倍政権はほとんど常に四〇%以上の支持率を保持しているのか」と問いかけ、つぎのように本書の目的を述べて「はじめに」を終えている。

 「戦後日本の民主主義がどの程度まともなものだったかについては、いろいろと議論はあるだろう。しかし、政治家は国会答弁で嘘をついてはならない、権力を利用して私的利益を図ったことが明るみに出れば責任を取って辞めるなど、最低限の常識が働いていたということはできるだろう。これに対し、安倍政治の七年間で今までの政治に関する常識が通用しなくなった。常識の崩壊を放置すれば、我々が当たり前の存在だと思ってきた自由や民主主義は失われる危険がある。政治の常識とは自由を守るために長い歳月をかけて多くの人々が政治権力と闘い、培ったものである。政治の常識を守るためにも、常識を溶解、崩壊させている要因は何なのかを考えることが、政治学の課題である。本書では、自由と民主主義の擁護という観点から、この崩壊現象について考察し、批判の視座を構築することを試みたい」。

 本書は、はじめに、全6章、終章からなる。全6章は、「集団的自衛権の行使容認や安保法制に反対する運動、さらには国政選挙における野党共闘の運動など、実践に身を投じて」きた経験を活かし、具体的に「瀬戸際に立つ民主主義」「集中し暴走する権力」「分裂し迷走する野党」「民主主義の土台を崩した市場主義」「個人の抑圧、崩れゆく自由」「「戦後」はこのまま終わるのか」を論じ、終章で「民主主義を終わらせないために-五つの提言」をしている。「あとがき」の前に、「読書案内」がある。

 終章では、まず、本書をつぎのようにまとめている。「これまで述べてきた政治の危機は、戦争や軍事クーデターなど外からの力で引き起こされたものではない。むしろ、従来の民主主義の制度を通して、内側から生じている。そして一部の邪悪な権力者の陰謀で民主主義が危機に瀕しているわけではない。強権政治を積極的に支持するとまでいかなくても、強権政治を黙認する国民の意思によって政治の危機がもたらされている。であれば、内側から立て直すことができるはずである。そのような課題を解決するために何をすべきか、考えてみたい」。

 そして、「政治が解決すべき課題」を、まず「今必要なことは、安倍政権が放置している長期的、構造的な問題についてまじめに考察することである」と述べ、「問題の構図を明らかにできれば、自分の責任が及ばない理由によって苦しめられている人々と、そのような理不尽な苦しみを他者に押しつけることによって利益を得ている人々の存在が明らかになる。これから、犠牲と受益の著しい不均衡を是正するための政策に関する合意を作り出すことこそ、政治の課題である」と結論している。

 そのうえで、つぎの5つの提言をおこなっている。【提言1】「野党の立て直し」では、まず「民主主義の再建のためには、権力を抑止する大きさと、明確な政策的方向性を兼ね備えた野党を再構築することが不可欠である」とし、【提言2】「国会の再建」では、「国会論戦における言葉を破壊し、無意味にしたことは最大の罪の一つである。問われたことに答えない、言葉の意味を勝手にねじ曲げるなど、首相や閣僚のせいで、日本語の通じない国会が当たり前になった」ことを指摘し、「政治において言葉を取り戻すことが民主主義再建の第一歩である」とした。

 【提言3】「官僚制を改革する」では「民主主義を立て直す際の課題として、政治と行政、政治家と官僚の関係を見直すことも不可欠である」、【提言4】「民主主義のためのメディア」では「権力に対する監視機能を持つメディアを回復することも、民主主義の再生には必要である」、【提言5】「市民の課題」では「民主主義を担う市民に必要な美徳は、正義感、正確な認識、楽観と持続性である」と指摘した。

 つまり、著者は、市民に副題の「瀬戸際に立つ日本」を意識させることが本書の目的で、「あとがき」で「日本でも、民主主義を死なせないための思考と行動のガイドブックが必要だと思い、この数年の実戦経験を踏まえてこの本を書いた次第である」と述べている。そして、「いつまで続くかわからない泥濘のような政治の危機状況の中で、疲れを感じることもしばしばである」と吐露している。香港のように危機を身近に感じている市民もいれば、じり貧がわかっていても、いまの生活をそこそこ維持できれば、大きな変化を求めないという日本や台湾の市民もいる。とくに日本では、2009-12年の民主党政権があまりにひどかったことが大きく影響している。ならば、著者の5つの提言に加えて、「自民党の内部改革」をあげることができるだろう。「野党の立て直し」より現実的であるかもしれない、と書くことがほんとうに情けない。