荒木映子『祖国のために死ぬこと-第一次世界大戦の<英国>の文学と文化』溪水社、2019年10月1日、273頁、ISBN978-4-86327-486-0
「戦死は美しいか?」という問いかけの見出しで、本書「はじめに」ははじまる。答えは、本書の主題になっている「祖国のために死ぬこと」は美しい、になるのだろうか。
その「祖国」とはなにか。本書の「はじめに」のつぎの見出しは、「変遷する「祖国」、持続する「名誉」」で、つぎのようにまとめている。「「祖国」の観念は、古代、中世、近代においてそれぞれ異なり、戦士が自己犠牲を捧げる対象も、「祖国」の意味の変遷とともに変化している。古代ギリシャ、ローマの人々は、「祖国」に対して、今日言うような意味での「集団が信奉する抽象的なイデオロギー」としての「愛国主義(パトリオティズム)」を持たなかったかもしれないが、父祖の土地である「祖国」のために生命を投げ出すことは当然のことであり、「美しくかつ誉れなること」であると信じていた。祖国への愛と「名誉」の感覚が男たちをつき動かし戦争へ向かわせ、戦死をも選ばせた」。
つづけて、本書の目的をつぎのように述べている。「第一次世界大戦の英文学と戦後の大戦文化を「祖国」、「愛国心」、「名誉」そして「顕彰」「追悼」という観点から読むことである。イギリスと、大戦当時まだイギリスの一部であったアイルランドにおいて、大戦はどういう意味を持ち、詩にどう表現されたであろうか。また、大戦後の死者の顕彰はどのように行われ、それまでの戦争の場合とどのように違ったであろうか。英文学や英文化を専門とする人達だけでなく、戦争、文学に関心を持つ一般の読者にも読んでもらえることを目指して書いている」。
本書は、はじめに、序章、3部全7章、おわりに、あとがき、からなる。序章「『戦争詩』の歴史」では、「古代から大戦に至るまでの戦争詩の歴史を概観する」。
第一部「祖国のために戦った詩人たち」は3章からなり、「イギリスの第一次世界大戦の詩を検討する。大戦は「文学的戦争」と呼ばれるくらい多くの詩を生み出したが、ほぼソンムの戦いを境目に、愛国的もしくは好戦的な詩から、戦争を糾弾し呪詛するシニカルな詩へ変化している。しかし、これに当てはまらない兵士詩人達の詩があることにも言及する」。第1章「祖国を愛する-ジュリアン・グレンフェル、ルーパート・ブルック、エドワード・トマス」では、「戦争初期の、「名誉」や「栄光」を求める愛国的な詩や、イギリスの田舎への愛着を示す詩という観点から、三人の詩を比較検討する」。第2章「戦争を憎む-シーグフリード・サスーン、ウィルフレッド・オーウェン、ロバート・グレイヴズ」では、「ソンムの戦い以後も詩を書き続けた詩人たちの詩を取り上げる」。第3章「『血と音と数限りない詩』-もう一つの大戦文学『ワイパーズ・タイムズ』は、第2章で挙げたような反戦文学とは異なり、最後まで大戦の大義を信じて戦おうとした兵士たちが書き、仲間うちで読んでいたトレンチ・ジャーナルを紹介する」。
第二部「アイルランドと『祖国』」は2章からなり、「前世紀末までほとんど語られることのなかったアイルランドと大戦との関係を扱う」。第1章「一九一六年-復活祭蜂起とソンムの戦い」では、「大戦前のイギリスとアイルランドとの関係を述べた後、第一次世界大戦における対英協力と、北アイルランドと南との思惑の違い、大戦最中のイースター蜂起の勃発、ソンムの戦いに始まる北と南の協力と反目、矛盾をはらんだ一九一六年の出来事が今日のアイルランドと北アイルランドにどのような影響をおよぼしているかを述べる」。第2章「アイルランドの『戦争詩人たち』」では、「イギリスの戦争詩人たちと比べて、あまり知られていないアイルランドの戦争詩人たちを取り上げる」。
第三部「祖国のために死んだ人たちを弔う」は2章からなり、「最初に、「戦争文化」という概念について、近年の大戦研究に立脚した説明を加えている。「戦争文化」として、戦後の追悼のあり方(戦争墓地・記念碑、慰霊の旅・戦場ツアー)を取り上げる」。第1章「死者の顕彰-戦争墓地と戦争記念碑をつくる」では、「膨大な死者を出した大戦の後、「祖国」のために死んだ戦争英雄を民主化する試みが始まったことについて述べる」。第2章「なぜ戦場ツアーか?-追悼、ゴシック、サブライム」では、「もう一つの「戦争文化」として、かつての戦場への巡礼/ツアーを取り上げる」。
「第一次世界大戦は、ヨーロッパにおいて大戦以前と以後とを決定的に断絶させてしまい、文学においても文化においても大きな変化をもたらした」。著者は、「そのことを作品からだけではなく、実際に自分の足で歩いて確かめてみたい」と思い、戦争墓地を訪ね歩いた。本書は、『第一次世界大戦とモダニズム-数の衝撃』(世界思想社、2008年)、『ナイチンゲールの末裔たち-<看護>から読みなおす第一次世界大戦』(岩波書店、2014年)につづく、著者の「大戦関係の本の最後の三冊目として刊行」された。
イギリスだけでなく、アイルランドを描くことによって、多様な「祖国」の実相が明らかになった。さらに、第一次世界大戦に参加した海外からの「イギリス国民」がいた。たとえば、オーストラリアでは1948年に国籍・市民権法が成立し、翌49年1月26日(オーストラリア・デー)に施行されるまで、オーストラリア人はイギリス国民でもあり、第一次世界大戦にはイギリス国民として参加した。オーストラリアは、ニュージーランドとともに1915年4月25日にトルコのガリポリに上陸したのを記念して、アンザック・デーとして祝日にしている。死に値する「祖国」とはいったい何だったのだろうか。「祖国」のために、無駄死にする人がでないことを願う。
その「祖国」とはなにか。本書の「はじめに」のつぎの見出しは、「変遷する「祖国」、持続する「名誉」」で、つぎのようにまとめている。「「祖国」の観念は、古代、中世、近代においてそれぞれ異なり、戦士が自己犠牲を捧げる対象も、「祖国」の意味の変遷とともに変化している。古代ギリシャ、ローマの人々は、「祖国」に対して、今日言うような意味での「集団が信奉する抽象的なイデオロギー」としての「愛国主義(パトリオティズム)」を持たなかったかもしれないが、父祖の土地である「祖国」のために生命を投げ出すことは当然のことであり、「美しくかつ誉れなること」であると信じていた。祖国への愛と「名誉」の感覚が男たちをつき動かし戦争へ向かわせ、戦死をも選ばせた」。
つづけて、本書の目的をつぎのように述べている。「第一次世界大戦の英文学と戦後の大戦文化を「祖国」、「愛国心」、「名誉」そして「顕彰」「追悼」という観点から読むことである。イギリスと、大戦当時まだイギリスの一部であったアイルランドにおいて、大戦はどういう意味を持ち、詩にどう表現されたであろうか。また、大戦後の死者の顕彰はどのように行われ、それまでの戦争の場合とどのように違ったであろうか。英文学や英文化を専門とする人達だけでなく、戦争、文学に関心を持つ一般の読者にも読んでもらえることを目指して書いている」。
本書は、はじめに、序章、3部全7章、おわりに、あとがき、からなる。序章「『戦争詩』の歴史」では、「古代から大戦に至るまでの戦争詩の歴史を概観する」。
第一部「祖国のために戦った詩人たち」は3章からなり、「イギリスの第一次世界大戦の詩を検討する。大戦は「文学的戦争」と呼ばれるくらい多くの詩を生み出したが、ほぼソンムの戦いを境目に、愛国的もしくは好戦的な詩から、戦争を糾弾し呪詛するシニカルな詩へ変化している。しかし、これに当てはまらない兵士詩人達の詩があることにも言及する」。第1章「祖国を愛する-ジュリアン・グレンフェル、ルーパート・ブルック、エドワード・トマス」では、「戦争初期の、「名誉」や「栄光」を求める愛国的な詩や、イギリスの田舎への愛着を示す詩という観点から、三人の詩を比較検討する」。第2章「戦争を憎む-シーグフリード・サスーン、ウィルフレッド・オーウェン、ロバート・グレイヴズ」では、「ソンムの戦い以後も詩を書き続けた詩人たちの詩を取り上げる」。第3章「『血と音と数限りない詩』-もう一つの大戦文学『ワイパーズ・タイムズ』は、第2章で挙げたような反戦文学とは異なり、最後まで大戦の大義を信じて戦おうとした兵士たちが書き、仲間うちで読んでいたトレンチ・ジャーナルを紹介する」。
第二部「アイルランドと『祖国』」は2章からなり、「前世紀末までほとんど語られることのなかったアイルランドと大戦との関係を扱う」。第1章「一九一六年-復活祭蜂起とソンムの戦い」では、「大戦前のイギリスとアイルランドとの関係を述べた後、第一次世界大戦における対英協力と、北アイルランドと南との思惑の違い、大戦最中のイースター蜂起の勃発、ソンムの戦いに始まる北と南の協力と反目、矛盾をはらんだ一九一六年の出来事が今日のアイルランドと北アイルランドにどのような影響をおよぼしているかを述べる」。第2章「アイルランドの『戦争詩人たち』」では、「イギリスの戦争詩人たちと比べて、あまり知られていないアイルランドの戦争詩人たちを取り上げる」。
第三部「祖国のために死んだ人たちを弔う」は2章からなり、「最初に、「戦争文化」という概念について、近年の大戦研究に立脚した説明を加えている。「戦争文化」として、戦後の追悼のあり方(戦争墓地・記念碑、慰霊の旅・戦場ツアー)を取り上げる」。第1章「死者の顕彰-戦争墓地と戦争記念碑をつくる」では、「膨大な死者を出した大戦の後、「祖国」のために死んだ戦争英雄を民主化する試みが始まったことについて述べる」。第2章「なぜ戦場ツアーか?-追悼、ゴシック、サブライム」では、「もう一つの「戦争文化」として、かつての戦場への巡礼/ツアーを取り上げる」。
「第一次世界大戦は、ヨーロッパにおいて大戦以前と以後とを決定的に断絶させてしまい、文学においても文化においても大きな変化をもたらした」。著者は、「そのことを作品からだけではなく、実際に自分の足で歩いて確かめてみたい」と思い、戦争墓地を訪ね歩いた。本書は、『第一次世界大戦とモダニズム-数の衝撃』(世界思想社、2008年)、『ナイチンゲールの末裔たち-<看護>から読みなおす第一次世界大戦』(岩波書店、2014年)につづく、著者の「大戦関係の本の最後の三冊目として刊行」された。
イギリスだけでなく、アイルランドを描くことによって、多様な「祖国」の実相が明らかになった。さらに、第一次世界大戦に参加した海外からの「イギリス国民」がいた。たとえば、オーストラリアでは1948年に国籍・市民権法が成立し、翌49年1月26日(オーストラリア・デー)に施行されるまで、オーストラリア人はイギリス国民でもあり、第一次世界大戦にはイギリス国民として参加した。オーストラリアは、ニュージーランドとともに1915年4月25日にトルコのガリポリに上陸したのを記念して、アンザック・デーとして祝日にしている。死に値する「祖国」とはいったい何だったのだろうか。「祖国」のために、無駄死にする人がでないことを願う。
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