宮脇聡史『フィリピン・カトリック教会の政治関与-国民を監督する「公共宗教」』大阪大学出版会、2019年9月30日、345頁、6300円+税、ISBN978-4-87259-695-3

 学術書を出版する岩波書店や東京大学出版会、教科書を出版する山川出版社などで、本や論文、概説書などを出版する機会があり、そのたびに原稿が真っ赤になって返ってきて、出版社の編集者の能力に圧倒され感謝した。それでもその教訓が活かせず、いまだに真っ赤になって原稿が返ってくる。編集者は編集のプロであって、優れた編集者と二人三脚でないと良質の学術書は出版できない。

 とくに学術書は、「目次」をみて全体を概観してから読みはじめる。「はじめに」があり、序章、本文の何章かがあって、終章へという流れをつかむためだ。ところが、本書はいきなり「第1章」がはじまり、わずか本文7頁ほどの「第7章」でおわっている。読む心づもりができないまま、「第1章」から読むことになった。読み終えて、「第1章」は「序章」、「第7章」は「終章」であることがわかった。索引は、「人名索引」に参考文献の著者名まで入っている。プロの編集者の助言はあったのだろうか。

 本書の目的は、第1章「「公共宗教」は政治にどう関わるか」「5 本書の構成」の最後で、つぎのようにまとめられている。「本書は、「公共宗教」一般に関わる大きな主題を念頭に置きつつも、基本的にはフィリピン地域研究の立場から、現代フィリピン・カトリック教会と政治・社会との関わりを解明する試みである。特に1986年民主化以降の時期に、司教層を中心に教会が政治関与と動員努力を深めていった過程とその特徴を、その公文書を中心とした言説分析を中心に据えて把握することで、この時期の教会の努力の焦点が「政治関与の深化」及びその背後にある「国民と教会の同時的刷新」にあるという点を明らかにする。そして、1980年代以降の政治過程、及びフィリピン社会の中の「宗教覚醒」的なダイナミズムに照らしつつ、その社会的な意味、特に教会がそのように政治に関わる形を制度化していくと、社会全体にとってどう影響するのかを探る」。

 「第1章」では、まず「「公共宗教の政治への参加」という問題が宗教と社会との歴史的な関わりの積み重ねの中で生じてきた問題であることを踏まえ」、「解明すべき問題をいくつか挙げ」ている。つぎに「フィリピンの民主化とカトリック教会の政治関与に関するこれまでの研究の特徴を整理し、その限界と課題を挙げ」、さらに依拠する資料を紹介、最後に「フィリピンにおける制度的教会の概要」を示して、「本書の構成」へと繋げている。

 第2章「カトリック教会の政治関与・動員形成過程」では、「カトリック教会とフィリピン政治社会との関係が形成されてきた過程とその歴史背景を概観し、教会がどのように政治・社会への関与・動員に関して一定の方向性を確立した経緯をたどる」。

 第3章「政治・社会司牧の制度と主流教説の確立」では、「教会の制度枠組、特に政治・社会関与に関わる特徴を整理すると共に、聖職者の社会的位置を考察する。また、教会の公文書等において明らかにされてきた政治・社会関与に関する言説の特徴を分析する」。

 第4章「要理教育刷新の展開」では、「政治・社会関与と並行して形成されてきた要理教育刷新プログラムの形成過程及びその実態について叙述する」。

 第5章「教会刷新ビジョンとフィリピン社会」では、「まず政治・社会関与プログラム構築及び要理教育刷新の土台となってきた教会指導者層による教会刷新ビジョンの形成過程を追う。次いでその背後にあるフィリピン社会についての教会側の見方とその知識社会学的背景を見る。またこれと対照しつつ、「草の根」の教会の実際の姿、及びより広い社会における諸霊性のダイナミクスの問題を扱う」。

 第6章「矛盾の露呈」では、「以上の経緯を踏まえ、カトリック教会の政治・社会関与論と政治・社会・教会の実体とのひずみが大きく露呈したと見られる、2001年のエストラーダ大統領放逐に至る過程とそれに続く政治変動の経緯を追うことで、政治過程の中での教会の位置づけ、教会の主張の展開、そして矛盾の露呈状況とその合意を明らかにする」。

 そして、第7章「「公共宗教」の模索」では、各章を要約した後、「政教関係の研究を深めるために」、「「公共宗教」の政治参加における宗教的社会観の重要性」「教会の教会論と社会論の間にある緊張関係の政治性」「国民国家の政治を解明する研究の問題性」を論じ、「「ピープルパワー」のその後をめぐって」概説した後、「多数派教会であるフィリピン・カトリック教会の政治関与は、国民社会とのねじれた関係をなおはらむがゆえに、引き続き大きな問題であり続けている」と述べて、「第7章」を終えている。

 本書は、「研究の中心となる時期を1980年代以降の約20年と設定」している。その理由は、「カトリック教会の制度・神学上の主流派形成が1980年代に進み、教育刷新と政治関与に関する一連の公文書が1990年代に活発に出され、それに伴う行動計画の策定と実務努力が見られたからである」。

 本書は、著者が2006年に書き上げた博士論文に基づいている。本書各章の冒頭の写真も、ほとんどが2006-07年に著者が撮影したものである。著者は、「その後の10数年の状況の展開を観察し続けながら、教会の主流派確立の経緯と性格について博士論文に記したことの多くが、その観点から今も十分な意義があることを再認識」し、「博士論文を土台としつつ、現在の時点で改めて検討の上、書き上げた」。今後、「世界教会、グローバル化、世代交代の中で」議論を深めていきたいという。期待したい。