山田美和編『東アジアにおける移民労働者の法制度-送出国と受入国の共通基盤の構築に向けて』アジア経済研究所、2014年3月28日、288頁、3600円+税、ISBN978-4-258-04611-9

 本書は、「2011年度から2年間にわたってアジア経済研究所において実施した共同研究「東アジアにおける人の移動の法制度」の最終成果」である。編者の山田美和が、「重ねて強調したいのは、移民労働者は労働者であるだけでなく、人として幸福を求める家族の一員であり、社会の一員であるということである」。

 本書を読んでいた2020年4月半ば、シンガポールとマレーシアで外国人労働者のあいだで新型コロナウィルス感染のクラスターが発生していると報じた。とくに20日感染者数がはじめて1日1000人を超え1426人になったシンガポールでは、感染者のうち国民や永住権をもつ者は16人にすぎなく、そのほとんどは低賃金の外国人労働者向けの寮に住む労働許可証保持者だった。日本でも、一時期、感染者のうち3割が外国人だという噂が流れ、それは否定されたが、一定程度の外国人がいることは事実のようだ。日本の厚生労働省では国籍別集計はおこなわないとし、シンガポールは国籍別外国人労働者数を公表していない。もはや、外国人労働者の存在は、国内問題になっている。

 本書の目的は、「序章 東アジアにおける移民労働者の法制度-送出国と受入国の共通基盤の構築に向けて」(山田美和)で、つぎのように述べている。「東アジア人口の多くを占める中国、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナムおよびカンボジアの移民労働に関する各国法制度および政策を分析しながら、その共通の問題点を抽出すること、そして共通の課題として、東アジア経済圏の形成における人の移動、なかんずく低熟練労働者および非熟練労働者に関する法制度の共通基盤を構築する可能性を探ることである」。

 そして、「送出国の政策に焦点を当て、その問題点の抽出および分析により、それが受入国の政策の問題点との相互作用であることを示しながら、送出国および受入国の共通の課題を論じる」。

 本書は、まえがき、序章、全7章からなる。第1章から第6章までの6章は、国ごとに中国、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム、カンボジアを扱い、第7章で「東アジアにおける外国人雇用法制の考察」(今泉慎也)をおこなっている。最初の6章は、その主題、副題からその特徴がうかがえる:「第1章 中国の労働者送り出し政策と法-対外労働輸出の管理を中心に」(小林昌之)「第2章 インドネシアの労働者送り出し政策と法-民主化改革下の移住労働者法運用と「人権」概念普及の課題」(奥島美夏)「第3章 フィリピンの労働者送り出し政策と法-東アジア最大の送出国の経験と展望」(知花いづみ)「タイにおける移民労働者受け入れ政策の現状と課題-メコン地域の中心として」(山田美和)「第5章 ベトナムにおける国際労働移動-「失踪」問題と労働者送り出し・受け入れ制度」(石塚二葉)「第6章 カンボジアの移民労働者政策-新興送出国の制度づくりと課題」(初鹿野直美)。

 第7章のねらいは、冒頭つぎのように述べられている。「他章における送出国の視点からの分析を理解するための手助けとして、東アジアにおける移住労働者の主要な国・地域の外国人雇用に関する法的枠組みについて比較法的な検討を行うこと、ならびにその作業を通じて東アジアの移住労働の法的規定調整のための共通基盤の確立にむけた着眼点を示すことにある」。そして、つぎのようにまとめている。「多様な外国出身の住民をどう社会に統合するかという課題は東アジア諸国においても顕在化しつつあり、多文化共生という政策領域が形成されつつある。短期の外国人労働者から永住者まで多様な外国人出身者の幅があるなかで統合的な制度を模索する必要があるだろう」。

 本書に結論部分に相当するものはないが、編者は「序章」で結論を先取りして、つぎのようにまとめている。「現在東アジア各国は多様な移民労働者に関する政策を有しているが、その制度や実態を精査すると、多くの共通点を見いだせる。それは、労働力の移動について、送出国と受入国の二国間で覚書を締結したり、受入国による特定のプログラム下で労働者の送出国を指定したりするように、多国間ではなく、二国間の関係による労働移動の制度構築が活発になされている点である。同時に共通の問題点は、各国の移民労働者政策が移民労働者を期間限定の一時的な労働力であることを前提とするゆえに、移民労働者の人権や厚生の観点からその是非が問われていることである。東アジア諸国にとって移民労働者に関する法的拘束力をもった多国間国際条約への加盟が難しく、また東アジアはもとよりASEANにおいてもEUのように加盟国に対して拘束力をもつ立法過程がない現在においては、共通基盤として、送出国と受入国という二国間の合意内容について最低限の基準を示すガイドラインの策定や二国間の合意文書を第三機関に付託する制度の設立を提言する」。

 東アジアは多様な国・地域からなっていることは言うまでもない。だから、二国間の合意しかないのが現状で、編者の提言もよく理解できる。ここで重要なのは、制度化できるものとできないもの、したほうがいいものとしないほうがいいものとがあるということである。とくにASEAN加盟国は、ASEANウェイとよばれる非公式対話を通じてコンセンサスを探る解決方法をもっている。あまり制度化にこだわると、このASEANウェイが充分機能しなくなる。近代的な国境線が弊害となっていることもある。柔軟に対応できる部分を残しておかないと、制度化で有利になる大国の思うままになる。編者は、このようなことを充分に把握しているから、このような提言になったのだろう。ただ、「第三者機関に付託する制度の設立」が実現しても、国際法と同じく拘束力の乏しいものになるだろう。