石井正子編著『甘いバナナの苦い現実』コモンズ、2020年8月30日、385頁、2500円+税、ISBN978-4-86187-167-2

 本書の目的は、「鶴見良行さんが投げかけた問いを1ミリでも前につなぐこと」である。鶴見良行が1982年に『バナナと日本人-フィリピン農園と食卓のあいだ』(岩波新書)で投げかけた問いは、編著者、石井正子によって、つぎのようにまとめられている。「フィリピンの農民が、自分たちが食べないバナナを輸出用に栽培する。しかも、農民や、バナナ園や梱包作業所で働く労働者、箱詰めされたバナナを船に積む港湾労働者は、低収入・低賃金で貧困から抜け出すことができない。広大な農地がバナナの単作に転換され、有毒な農薬が農民の健康をむしばむ。農作業が細かく分けられてあたかも工場のように生産管理が行われ、自然のリズムを壊していく」。

 そして、「あれから約40年、いったいこの間、何が変化し、何が変化しなかったのだろうか。そして、いま、バナナが私たちに投げかける問いは、何であろうか」と問いかける。まず、簡潔に日本へのバナナの輸入の歴史を、つぎのようにまとめている。「日本が初めて商品としてのバナナを輸入したのは旧植民地の台湾からで1903(明治36)年であった。戦後もバナナの輸入が63年に自由化されるまで、台湾産、そしてアメリカ系多国籍企業が栽培と輸出に関わるエクアドル産が大半であった」。「しかし、1969年にフィリピンからの輸入が本格化すると、フィリピンからの輸入量は75年に一度ピークを迎え、その後は漸減するが、84年から再び増加する。74年にフィリピン産のシェアは7割を超え、過去40年以上、日本人が食べるバナナの7~9割はフィリピン産でありつづけている(略)。2009年には120万トンを超え、ピークを迎えた。一方で、値段はこの40年間、あまり変わらない(略)」。

 つぎに、「40年間にさまざまな変化も起こっている」ことを紹介している。消費者である「私たちの選択が、企業の商品化・パッケージ化が生み出す価値に左右されつつある。私たちは、いつのまにか、食べ物を生み出す自然環境との関連性で価値を評価することを忘れてしまい、食べ物のブランド化とパッケージ化にお金を支払うようになっているのかもしれない。私たちの食を選ぶ権利は大企業に支配され、狭められている傾向にあるのではないだろうか」。「食べ物の良し悪しを見極める目利き力を失」っているのではないか。

 「一方、生産地フィリピンでの変化はどうだろうか。日本だけではなく、中東諸国、韓国、中国への市場が拓けたことにより、ミンダナオ島の輸出用バナナ園の面積は拡大している」。だが、農民や農業労働者は、「貧困から抜け出せないばかりではなく、不当な労働条件に抗議している労働者(第3章2)や有毒な農薬の散布により健康被害を訴える農民もみられる(第4章)」。

 序章「そんなバナナ!?-意外と知らないバナナの話」は、つぎのパラグラフで終わっている。「自分たちの生活の豊かさや安全を確保するためにリスクを他者に押し付けるあり方は、バナナだけではなく、原子力発電所や米軍・自衛隊基地にも通じる問題である。変化しつつも40年以上も解消していないバナナ生産地の問題にいま一度向き合うことを通じて、他者にリスクを押し付けないライフスタイルとは何かという問いの答えをさがしていきたい」。

 本書は、序章、全7章、あとがき、からなる。「栽培・流通の知られざる現状を詳細に調査し、エシカルな消費の在り方を問いかける」。消費者である私たちがすべきことは、第7章「私たちはどう食べればよいのか-エシカルな食べ方へ」で示されている。「エシカルバナナ」は、つぎの4点を満たすものだという。「①生産地の水・空気・土地を汚染しない」「②先住民族の生活や先祖伝来の土地に関する権利を尊重する」「③産地および消費地の人びとの健康を害さない」「④サプライチェーン上で強制労働や人権侵害が存在しない」。

 だが、生産現場を知らない消費者は、「安くて見た目のきれいな」バナナを求める。エシカルバナナの生産者は、つぎのように日本の消費者に問いかける。「私たちが栽培しているバナナは傷だらけで軸も黒く腐りやすいけれど、中身はきれい(安心して食べられる)。プランテーションのバナナは正反対で、見た目をきれいにするために中身は汚い。そんなバナナを食べたいですか? 子どもたちに食べさせたいですか?」。

 エシカルバナナのことがわかっても、一般の消費者は数本入り100円ほどのバナナを買ってしまう。店頭でエシカルバナナが支配的になり、選択しやすい環境にならなければ、意識が変わった消費者も買わないだろう。本書で紹介されたスウェーデンのように、フェアトレードバナナのシェアが50~60%になるには、どうしたらいいのか。「鶴見さんの投げかけた問い」から大きく前進したが、とくに生産現場の環境は改善するどころが、悪化しているかもしれない。