井田徹治『追いつめられる海』岩波科学ライブラリー、2020年4月9日、155+3頁、1500円+税、ISBN978-4-00-029694-6
表紙に「猶予はない ブルーエコノミーの実現を!」とある。「ブルーエコノミー」は、終章「海の価値を見直す」で「ブルーカーボン」とともに「海の環境の将来を考えるうえで重要なキーワード」としてあげられている。
「ブルーエコノミー」は、つぎのように説明されている。「重要な生態系でありながら、マングローブや沿岸の湿地などの破壊が進んでいることの一因は、これらの生態系が炭素の吸収や微生物による水質浄化、防災、生物多様性の保全や漁業資源のかん養などの貢献をしていることが、きちんと評価されてこなかったためだ。もし、これらの生態系サービス、つまり自然の恵みの価値を経済的に評価したら、その額は巨大なものになるはずだ。海が持つこのような大きな可能性を評価し、それを活用、拡大することで、海の環境破壊を防ぎ、再生しつつ、人間も豊かになっていこうという考え方は、近年、注目されている「ブルーエコノミー」という概念に行き着く」。
「ブルーカーボン」については、つぎのように説明されている。「ブルーカーボンは、藻場やマングローブ林、沿岸の湿地など、主に沿岸の生態系が蓄積する炭素のことを指す。陸上の植物と同じように、植物プランクトンや海の植物も光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収する。吸収された炭素は植物体やその下の土壌の中に蓄積される。陸上の生態系に比べて、この「ブルーカーボン」の研究は進んでおらず、よく分からないことが多い。だが、最近の研究でこれが地球上の炭素の動向を理解するうえで、無視できないものであることが分かってきた」。
本書は、はじめに、序章「海を追いつめる人間活動」、全5章、終章からなる。「はじめに」で「環境問題の取材をライフワークとする記者として各地で見てきた「海の危機」の姿や最新の研究成果を紹介しながらわれわれの暮らしになくてはならない海の環境問題を改めて考えようというのが本書の目的だ」と述べ、「序章」では「温暖化、海洋酸性化、プラスチックごみなど人間によって追いつめられる海の危機的な姿」の概略を示して本書の導入としている。各章は、まず具体的な事例をあげて問題提起し、最後に「コラム」で補足説明している。ひじょうにわかりやすい編集になっている。
「終章」では、「海と人間の将来を左右するもの・COP25(マドリード)」「多くの可能性も」「それでも人は木を植える・モルディブ」「青い海と二酸化炭素」「自然の価値を見直す」の見出しのもとで本書を整理し、最後に「大転換へ」という見出しを掲げている。「貧しい発展途上国を含めた地域社会の持続的な発展に貢献するブルーエコノミーのモデルをつくることの大切さ」を強調しながら、「海の資源の持続可能な利用を実現することは、そう簡単なことではない」と、その理由をつぎのように説明している。
「本書の中で述べてきたように、人類は、GMP[海洋総生産]の基礎になる海の環境を破壊し続けてきたし、今後も、それを続けようとしている。われわれは今、この瞬間にも海に多くのごみを出し続け、大気中に大量の二酸化炭素を出し続けている。主要国の政治家の耳には、海面上昇に苦しむモルディブの人々の声は届きにくいし、生息環境の悪化に苦しむ多くの海洋生物はそもそも、声を上げることすらできないからだ」。
つづけて「大転換へ」の必要性を、つぎのように訴えて、「終章」を結んでいる。「持続可能なブルーエコノミー社会の実現には、海の環境が持つ価値を軽視し続けてきたこれまでの社会や経済システムを根本から転換することが必要となるし、そのためには強い覚悟と政治的な意志が必要になる。これは簡単なことではないが、人類の将来にとってはぜひとも実現しなければならない課題だ。そして、本書で紹介した多くの事例が示すように、大転換を実現するためにわれわれに残された時間は多くはない」。
海は偉大なる「母」で、なんでも受け入れてくれると人びとが思っているうちに、いまひとびとは病んだ「母」に気づかず、気づいても深刻に受けとめず、その「偉大さ」に甘えつづけている。「猶予はない」という警告に早めに対処することが、「追いつめられる海」を大きな犠牲なくして救うことはわかっている。「大転換へ」の「強い覚悟と政治的な意志」を意識するためには、危機的状況にならなければどうしようもないというのか・・・。
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