河村有教編著『台湾の海洋安全保障と制度的展開』晃洋書房、2019年6月30日、293頁、3600円+税、ISBN978-4-7710-3180-7
本書の目的は、「序章 台湾の海洋安全保障政策と海上保安法制の展開」(編者)の冒頭で、つぎのように述べられている。「本書は、台湾政治(アジア政治)、台湾法(アジア法)の研究者・学習者のみならず、海上保安法制、国際海洋法の研究者・学習者を対象にした学術書で」、「台湾政治の変化、すなわち、陳水扁政権から馬英九政権、そして蔡英文政権という台湾の政権交代の過程において、台湾における海洋安全保障政策及び海上保安法制の展開について検証しようとするものである」。
つづけて、つぎのように説明している。「台湾の海洋に対する管理に焦点をあてて、台湾政治の変化に伴う海洋安全保障政策に基づく台湾国内の海上保安法制についての法的・政治的分析のみならず、台湾の海洋安全保障政策の対日、対中等の対外的影響についてもふれている。不分明、また複雑な国際法的地位における台湾の海上保安法制に焦点をあてて、その法構造及び海上法執行の実際から台湾の海洋安全保障をめぐる法と政治の関係について検討を試みているが、領土周辺を海に囲まれており、ロシア、北朝鮮、韓国、中国、台湾との間で様々な問題を抱えている日本の海洋安全保障のこれからを考える上で、また海洋をめぐる国家・地域間の双方の利益、あるいは万国共有の利益を促進可能な平和的な海洋安全保障の運営方式を考える基盤を探求する上で、本書は重要な一書になろう」。
本書の学術的、実務的貢献については、つぎのように強調している。「これまでの台湾研究においては、台湾と海洋の観点からの法的政治的な総合的分析はほとんどなされていない。台湾と海洋の観点からの学術的研究が皆無の中で、海上保安法制、刑事法、国際法、国際政治、台湾研究における本書の学術的価値はいうまでもなく、また、本書は、日本の海上保安実務(海上法執行実務)にも影響を与え得るものであり、加えて、日本の平和的な海洋安全保障体制の構築・確立の探求にも大いに貢献し得る研究成果物である」。
本書は、はしがき、序章、2部全12章、あとがきなどからなる。第Ⅰ部「台湾政治の変化と海洋安全保障政策」は5章からなる。第1章「海洋問題をめぐる台湾の政治過程-馬英九政権を中心に-」(松田康博)では、「馬英九(国民党)政権下での海洋問題の政治過程について検証する。馬政権は、「主権・領土」に関わる海洋問題について、基本的には中華民国としての正統的な立場を継承する一方で、直接に中国と共闘せずして、台湾としての「利益」を得ることに成功し、結果として、中華民国としての領土意識と台湾の利益が重なりあったと分析する」。
第2章「「日台漁業取決め」に基づく法形成と課題」(河村有教)では、「日台漁業取決めがどのような性質を有するものなのか、また、漁業取決めの内容はどのようなもので、取決め以後の会合においてどのようなことが議論の対象になり日台の漁業者及び漁業従事者の間で争われてきたのか、取決めというルール形成について検証する」。
第3章「「南シナ海仲裁案件」に対する台湾の反応とその国際法的意義-新たな南シナ海政策か?-」(姜皇池/上水流久彦訳)では、「2016年7月12日の南シナ海仲裁案件での仲裁裁判所の「九段線とその囲まれた海域に対する中国の主張する歴史的権利については、海洋法条約に違反し、その法的根拠はない」とする判断が出た以降の蔡英文(民進党)新政府の発言を中心に、台湾の新政府の南シナ海政策について考察する」。
第4章「台湾社会にみる尖閣諸島をめぐる3つのナショナリズム」(上水流久彦)では、「台湾における尖閣諸島をめぐる運動の実態から3つのナショナリズムについて考察し、その3つのナショナリズムの連鎖による関係を分析する」。
第5章「台湾海峡をめぐる両岸関係と中国海軍の増強」(竹内俊隆)では、「台湾海峡を挟んでの中国大陸と台湾との関係について検証する」。「まず初めに、全般的な両岸関係を記述したのち、これまで惹起した紛争を歴史的に振り返る。そして、中国の南シナ海での行動と海洋法条約の解釈問題に言及し、中国海軍がどのような増強をしてきたか、今後はどのように動くのであろうかを検討する」。
第Ⅱ部「台湾の海上保安法制の制度的展開」は、7章からなる。第6章「台湾における海上法執行機関の法構造」(越智均)では、「台湾の海上法執行機関である行政院海岸巡防署について、その組織及び権限について法的に分析する」。
第7章「台湾不法入国罪について-理論的・実務的問題点の検討-」(謝庭晃/河村有教訳)では、「金門馬祖地区の地方裁判所の判決から、準不法入国罪の成立を認めたいくつかの事例を具体的にあげながら、中国大陸船舶の不法入国での取締りについて、取締りの根拠法令について整理し、考察する」。
第8章「台湾の領海制度をめぐる一考察」(江世雄)では、「台湾の領海制度について、主に領海基線の画定の問題と無害通航制度について国際海洋法と国内法から法的に分析する」。
第9章「台湾の海上密輸犯罪-「密輸処罰条例」及び「煙草酒管理法」を中心に-」(葉雲虎/越智均訳)では、「台湾の海上密輸犯罪について、海事刑法上の規範体系及び枠組みについて整理し、とりわけ「密輸処罰条例」第2条の構成要件の内容について考察する」。
第10章「台湾におけるGPS捜査について-高雄地方裁判所2016年易字第110号判決の検討を中心に-」(林裕順/河村有教訳)では、「海岸巡防署の職員が犯罪捜査において車両にGPSを取り付けたことにおいて、裁判所は違法と認定した上で、あわせて当該職員に対して刑事的責任を認めた高雄地方裁判所の判決について検討する」。
第11章「海域における集会・デモの自由と取締り」(陳國勝/越智均訳)では、「海上集会・集団行進及び集団示威運動の取締りについて考察する」。
第12章「台湾における「外国」漁船の取締りについて-対中国大陸漁船を中心に-」(宿里和斉)では、「台湾における中国漁船の取締りについて、その法的根拠及び海岸巡防署の取締りの現状について検討する」。
そして、今後の課題として、台湾と日本の見解の違いを指摘する。「台湾においては、海岸巡防署の再編の動きの最中である。もっとも厄介な問題が、軍人と警察(法執行官)の「棲み分け」の問題である。台湾の海岸巡防署における警察と海軍との「棲み分け」の問題は簡単に整理できるものではない。とりわけ、台湾では戦時下の海岸巡防署職員の法的位置づけの問題をめぐって、議論が続いている」。
いっぽう、日本での一般的な見解は、「「海」の軍人の任務(国防)と警察(犯罪捜査、犯罪の予防)の任務ははっきり分けられるべきであると「棲み分け」論」である。「領海警備を海上保安庁が行っているのは、防衛の任務ではなく、国家的法益を侵害する犯罪行為の捜査及びその予防の目的でもあり、台湾の「海域」と「海岸」の巡防機関の任務をめぐっての再編の動きは、日本の海上保安庁の将来のあり方を考えるにおいても様々な重要な課題を提示し得る」。
台湾を扱うとき厄介なのは、国家であって国家ではないため、法解釈が定まらないことである。中華民国も中華人民共和国もひとつの中国しか認めていないので、中華民国の見解は大陸に及び、中華人民共和国の見解は台湾に及ぶ。国際的には、中華人民共和国が一般に認められているので、国際関係では中華人民共和国の見解にもとづいて行われることになる。しかし、現実は理論上だけで行われるわけではなく、とくに国際的には慣習も重視されることから、実務上の問題が生じる。理論と実務が矛盾しないようにするのは、至難の業である。さらに、中華民国と中華人民共和国間の「国内問題」と国際問題が絡む。「現状維持」もなにもしないわけにはいかない現実がある。
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