小牟田哲彦『旅行ガイドブックから読み解く 明治・大正・昭和 日本人のアジア観光』草思社、2019年6月28日、331頁、2400円+税、ISBN978-4-7942-2402-6

 本書の概要は、表紙見返しにある。「鉄道や旅行の歴史に詳しい著者が明治から現在までの各種旅行ガイドブックを詳細に読み解き、時刻表や路線図などを駆使して、昔のアジア旅行の実態を検証。楽しい観光旅行を追体験するとともに、朝鮮・満洲・中国・台湾の激変する歴史を旅行という観点から見直した稀有な論考。写真、図版多数挿入」。

 本書のきっかけを著者、小牟田哲彦は「あとがき」で、つぎのように述べている。「二十年も経つと、発行年だけが異なる同じ地域の旅行ガイドブックが何冊も並ぶ、というケースが増えてくる。それらを読み比べてみると、旅行先の実用情報以外にも記述が変化していて、同じシリーズのガイドブックが同じ観光地を紹介しているのに、発行年によって紹介の仕方がずいぶん異なっていることに気がついた。二十世紀末はスマホなどなかったし、旅先でパソコンを触[れ]る機会もなかったから、海外で日本語の活字が恋しくなると、用がなくても手元の旅行ガイドブックを何度も繰り返し読んだ。そのせいか、他愛のないコラム記事を含め、ガイドブックにどんなことが書いてあるかが後年まで頭によく入っていて、数年後に同じ地域を再訪するときに同じシリーズのガイドブックを買って読むと旧版との違いに気づきやすかったのかもしれない」。

 著者の雑学が、旅行ガイドブックによって培われ、本書の包括的記述へとつながったことがわかる。わたしも同じような体験をしたことがある。1980年代前半にオーストラリアに留学していたとき、兄が週刊誌を送ってくれた。所属した大学には日本語の新聞もなく、インターネットもなかったことから、暇に任せてその週刊誌をペラペラめくっていた。その結果、1週間で隅から隅まで読むことになった。それを1年もつづけていれば、それまでまったく関心のなかったことも多少わかるので、関心をもつようになり、情報を受け取るアンテナが格段に増えた。

 著者が、各時代の旅行ガイドブックを比較してわかったことは、「エピローグ-旅行ガイドブックの変遷から見えること」にまとめられている。旅行ガイドブックがもつ特性が、一般の単行本と違うことは、つぎのように説明されている。「旅行ガイドブックという書籍は、表紙や内容の章立てなど基本構成は同じでも、記述の詳細部分は毎年のように緩やかに変化し続ける」。「購入したガイドブックはたいていの場合、消耗品のごとく使用される。旅行が終われば再び同じページが開かれることは少なく、仮にリピーターとして同じ旅行先を選ぶとしても、ガイドブックは最新版を改めて購入する人が多いと思われる。観光案内の記述は流用できても、現地で要する費用の金額や交通情報などは最新版でないと、かえって旅行中の自分が不便になってしまうからだ」。

 なぜアジア観光に焦点をあてたかは、つぎのように説明されている。「とりわけ、東アジア各地は戦前も日本人が旅行を楽しみやすく、戦後も海外旅行自由化後の早い段階から足を延ばしやすい近場だったため、地域別旅行ガイドブックの歴史が長く、その移り変わりを長期的に見比べやすい」。「記述の変化は単に旅行先の実用情報についてだけでなく、その発行時期における読み手である一般の旅行者にとっての日常の生活習慣や価値観についてまで及んでいることがある」。

 「紙面の変化には、その時々の日本内外の国際情勢から服装、金銭の支払い形態、通信手段といった生活レベルでの社会環境、さらに戦争史跡やナイトライフの関する紹介記事が示すように、時代ごとの価値観の違いまでが反映されている」。

 本書は、時代ごとに2章に分けている。「第一章 大日本帝国時代のアジア旅行」では、「「旅行可能な中国」はまだ限られていた」「メインコースは戦跡巡り」「モデルコースの比較からみる外地旅行費用」「大陸旅行は豪華列車と優雅な船旅で」「世界一複雑だった満洲国以前の中国貨幣事情」「台湾にはアヘンの販売場所があった」などの見出しがあり、「第二章 戦後の日本人によるアジア旅行」には、「戦前よりも高嶺の花だった外国旅行」「ガイドブックが物語る団体旅行主流の時代」「『外国旅行案内』に見る中台の記述の変遷」「男性目線旅行の象徴・キーセン観光」「女性読者が増えて書籍として見栄えが向上」「アジアは急速に旅行しやすくなった」などの見出しがある。

 地域としてのアジア、近現代日本との関係のなかのアジアがみえてくる。