齋藤道彦『南シナ海問題総論』中央大学出版部、2019年1月23日、350+2頁、3600円+税、ISBN978-4-8057-1158-3
本書の目的を、著者、齊藤道彦は「はじめに」冒頭で、つぎのように述べている。「二十一世紀十年代の今日、南シナ海で緊張が高まっている。南シナ海をめぐる問題とは何か。それは、中華人民共和国が現在、主張しているように「中国が発見し、命名した」ものなのか、南シナ海の領有権をめぐる歴史をどう見るか、中華人民共和国が現在、占拠している礁(しよう)/岩礁・暗礁の上に建設している人工島とその軍事利用をどう見るか、という問題である」。
この困難な問題の考察を可能にしたのは、基本的な資料と近年の研究があるからだ。まず、基本的な資料として、日本の外務省編『日本外交文書』、中国の『わが国南海諸島史料匯(わい)編』、台湾の中央研究院近代史研究所檔(とう)案館所蔵「中華民国外交部檔案」、浦野起央『南海諸島国際紛争史 研究、資料、年表』(刀水書房、1997年)の4つがあり、21世紀になってつぎの5つが出版されたからだ:ウリセス・グラナドス・キロス『共存と不和:南シナ海における領有権をめぐる紛争の分析 一九〇二-一九五二年』(松籟社、2010年)、ビル・ヘイトン『南シナ海-アジアの覇権をめぐる闘争史』(河出書房新社、2015年)、浦野起央『南シナ海の領土問題【分析、資料、文献】』(三和書籍、2015年)、ハーグ仲裁裁判所が2016年に下した裁定、その裁定の翌日に中華人民共和国国務院新聞弁公室が発表した「白書」。
本書は、はじめに、全5章、終章などからなる。「第一章 南シナ海の前近代史」の結論は簡単で、「前近代における南シナ海の「領有」は問題にすらならなかった」である。
「第二章 「近代」の南シナ海」の「小結」は、つぎのようにまとめられた。「清朝は、十九世紀中葉までは南シナ海に対する領有意識を表明したことはなかったと見られる。しかし、十九世紀後半には領有意識を持ち始めたと見られなくもない動きがあり、二十世紀初頭の一九〇七年には「東沙島」、西沙群島に対する領有権を主張し始めたが、実効支配は弱々しいものだったと言わざるをえない。南沙群島の領有権は、主張していない。南沙群島に対する領有権の主張は、一九四五年以降となる」。「フランスは、一九三三年には明確に領有を主張するが、一九三九年には実効支配を事実上失う。一九三九年から一九四五年ないし法的には一九五二年までは日本が南シナ海全体を領有する」。
「第三章 日本による南シナ海諸島・礁の領有」では、つぎのように「小結」している。「日本は、一九一七年から事実上、南シナ海を占有してきたと称しているが、一九三九年三月三十日、新南群島に対する日本による実効支配の「法的手続きを完了」した。日本は、一九四五年八月十四日、連合国に降伏し、一九五一年九月八日のサンフランシスコ平和条約で南シナ海諸島、礁の放棄に同意し、一九五二年四月二十八日、同条約は発効した」。
「第四章 南シナ海の島・礁名」は、つぎのように「小結」した。「中華民国が一九四七年に発表した東沙群島、中沙群島、西沙群島、南沙群島などの群島名および各島・礁名は、おそらく十九世紀中頃にイギリスが命名したものと見られ、中国名はその訳名と見られ、南シナ海諸島・礁は「中国が発見し命名した」わけではない」。
「第五章 南シナ海をめぐる領有権対立の戦後史」は、つぎのように「小括」した。「第二次世界大戦の終結後、東アジア各国は独立への道を歩む。フランスの復帰と退却、北ベトナムの成立とインドシナ戦争の勝利、ベトナム戦争の勝利は、中越協力から中越対立へと向かい、フィリピン、マラヤ連邦、インドネシアの独立と領土要求へと進んだ」。「一九四九年に成立した中華人民共和国は、当初は反米、ソ連一辺倒であったが、一九五〇年代末には反米反ソとなり、一九六〇年代には反ソ反米となり、一九七〇年代には反ソ親米に転化し、一九九〇年代のソ連消滅後は経済成長をうけて米中協力と対立を使い分けていった。こうして、尖閣諸島奪取と南シナ海の掌握が鍵として浮かび上がってくる。一九七四年一月の西沙群島占領はその画期となった」。
これらの資料、文献を精査した結果は、「終章」でつぎの12項目にまとめている:(1)海洋、島・礁の「認識」は「領有」の「証拠」ではない、(2)中国の主張する「歴史的根拠」は存在するか、(3)南沙諸島の大部分は砂洲や岩礁である、(4)南シナ海島・礁の命名者は中国ではない、(5)十九世紀「近代国家」英、仏が登場した、(6)日本は一九三九年~一九五二年に南シナ海を領有した、(7)四群島名はいつ付けられたのか、(8)中華民国十一段線主張、中華人民共和国九段線主張は帝国主義的領土・領海構想である、(9)戦後「近代国家」の国境線線引抗争だ、(10)中華人民共和国の軍事占領、人工島をどうするか、(11)報道のあり方は事柄の本質をはずれている、(12)平和的解決の方向とは。
結論をひと言で言うなら、中国の主張の根拠は見つからなかった、解決の糸口もないということである。本書をつぎのように結んでいる。「本来人が住めない礁、砂州などは、国連の管理に委ねることが望ましいかもしれないが、中華人民共和国は国連安保常任理事国であり、国連改革が実現しない限り、国連に期待することはできない」。
本書で、中国が主張する領有の証拠はなかったことがわかった。だが、実際に領有している、たとえば海南島は、どのように言ってきたのかがわからない。その違いがわかると、もっと説得力があるのだが・・・。
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