小菅信子『日本赤十字社と皇室-博愛か報国か』吉川弘文館、2021年2月1日、179頁、1700円+税、ISBN978-4-642-05905-3

 著者、小菅信子は、読者にいろいろ問いかけている。帯には、つぎのような問いかけがある。「日露戦争下で捕虜を厚遇した日本は、太平洋戦争下では捕虜を虐待した。この劇的な落差はなぜ起きたか?」

 本書は、「二つの質問-プロローグ」ではじまり、「赤十字運動の原則と実践-エピローグ」で「もう一つの問い」を投げかけて、本編を閉じている。本書に章はないが、このプロローグとエピローグのあいだに章に相当する4つの見出し「アジアで最初の赤十字社」「昭憲皇太后と赤十字」「劇場としての戦争」「太平洋戦争期の日本赤十字社」があり、時系列的に話はすすむ。

 プロローグのふたつの問いのうちひとつ目は、冒頭のつぎの問いである。「あなたはいま戦場にいる。あなたの部隊は敵の兵士三人を捕虜にした。この捕虜は、味方の犠牲を確実に減らすことのできる情報をもっているようだ。あなたの上官は、どんな手段を使ってもよいから彼らから情報を得ろとあなたに命令し、拒否したら不服従により銃殺すると言っている。どう対応するか」。

 つづけて、つぎのように説明している。「この問いは、極限状況で人間の尊厳をいかに保護しうるかを青少年に考えてもらうため、日本や英国の赤十字社が作成した練習問題である。「どんな手段を使ってもよい」というのは拷問を用いてもよいという意味だ」。「国際法は拷問を禁止している。だが命令を拒めば銃殺。どう対応するか」。

 赤十字の問題集では、つぎのような断り書きがされている。「国際法を守ることが原則であるにせよ、この問題には「これぞ正解」という完璧な答えは用意されていないと」。

 プロローグの最後では、つぎのふたつ目の問いが投げかけられている。「あなたは、占領した村の治安を守る責任のある部隊長である。ある日、あなたは部下の兵士二人が、パン屋に押し入り、主人に武器を突きつけてパン数個を奪うのを目撃した。二人に尋問したところ、彼らは「二日間なにも食べていないのです」と釈明した。さて、あなたはこれに対しどのように対応するか」。

 もちろんこの問いにたいしても「正解」はない。著者は、エピローグでつぎのようにまとめ、さらなる問いかけをしている。「占領地も極限状況だといえる。すでにプロローグで述べたように、極限状況で、人間が人間をいかに守ったか・守らなかったのかという問題は、その後の集団間、集団と個人、個人と個人の関係修復に多大な影響をおよぼす。国際関係であっても国内であっても同じである。さらに、戦時や紛争時だけではない。大災害や大事故の後であっても似たような波紋が広がる。そのとき、あなたは、私は、どうふるまえばよいのだろうか」。

 そして、最後にもうひとつ、著者は、戦争を禁止した結果、「「正義の戦争」という古代の神話が復活しつつある」という警告について問いかけて、つぎの文章で結んでいる。「正戦論では、敵は罪人であるから残虐行為で報復するのも、略奪するのも妥当であった。実に現在は「正戦論」が復活した時代であるともいえ、私たちの行動が問われている」。

 では、帯の問いかけについての「正解」はなんなのだろうか。その前に、本書裏表紙にある、つぎの本書の概要を確認しておこう。「日本における赤十字による救護活動は、皇室の全面的な保護のもと普及した。日露戦争から第二次世界大戦にいたる過程で、国際主義と国家主義のはざまに立ち、国民統合装置としてゆるやかに近代日本を支えた側面を描く」。

 著者は、エピローグで、つぎのようにまとめている。「日本赤十字社はインターナショナリズムとナショナリズムの双方をその誕生から兼ね備えている組織であった。この性格はあらゆる赤十字社・赤新月社が本来的に兼ね備えているものであるといえる。とりわけ日本赤十字社は、前述したように、インターナショナリズムとナショナリズムを縦軸に、博愛慈善と報国恤兵を横軸においた場合、明治・大正・昭和と著しくベクトルを変えた稀な事例であった」。

 プロローグのふたつの問いにたいする「正解」はある。戦争を起こさないことである。いったん戦争が起きれば、「非常時」「極限状態」でいかなる法や取決めも意味をなさなくなる。


評者、早瀬晋三の最近の編著書
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早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。