松田ヒロ子『沖縄の植民地的近代-台湾へ渡った人びとの帝国主義的キャリア』世界思想社、2021年3月31日、261頁、3800円+税、ISBN978-4-7907-1754-6
「日本が東アジアにおいて帝国主義的拡大を進め、地理的に近接する台湾を植民地化することにより、琉球列島は国民国家としての日本の辺境に位置づけられるとともに、<内地>と<外地>の境界領域となった。したがって、沖縄県の近代は辺境性と境界性という二面性の中で捉えられるべきである」と、「おわりに」冒頭にある。さらに、<内地>であった沖縄が<外地>であった台湾より、つねに「上位」であったわけではなかったことにも注意を払う必要があるだろう。
帯には、つぎのように本書の論点が記されている。「沖縄にとって<植民地>とは何だったのか?」「琉球併合以来、日本人による差別と偏見に苦しんだ沖縄の人びとは、植民地支配下の台湾でどのように生きたのか。支配-被支配の間を往復した人びとの経験から、沖縄の近代と日本帝国主義を再考する」。
本書は、オーストラリア国立大学に提出した博士論文をもとにハワイ大学出版会から出版した英文単著(2019年)を、日本語読者向けに書き直したもので、序章、全6章、おわりに、などからなる。
第一章「沖縄の人びとはなぜ海外へ向かったのか?」では、「二〇世紀初頭、沖縄県で海外移民事業が開始された経緯を追う。戦前、特に沖縄県から多くの移民を送り出したフィリピン、ブラジル、南洋群島への人の移動を概観し、それぞれのホスト国における沖縄人コミュニティの意義を考察する。そして、植民地台湾へ渡った人びとと比較することにより、沖縄県から植民地台湾への人の移動の特徴を明らかにする」。
第二章「帝国の拡張と八重山の近代」では、「台湾に多くの移民を送り出した沖縄県八重山諸島の地域社会の変容を植民地台湾との関係性において描き出す」。
第三章「「出稼ぎ者」の帝国主義的キャリア形成」、第四章「植民地医学と帝国主義的キャリア形成」、第五章「帝国日本のクレオール」の3章では、「沖縄県から植民地台湾への人の移動を具体的に見ていくが、その特徴のひとつは、移動の形態と移動者の多様性である。第三章と第四章は、「出稼ぎ者」と「医学校への進学者」という異なる背景を持つ沖縄県出身者の台湾への移動とその意義について検討する。また第五章は、沖縄県から主体的に台湾に渡航したのではなく、台湾で出生したかあるいは年少期に両親に伴って台湾に渡ったいわゆる「二世」や「三世」の沖縄系移民に焦点を当てる」。
第六章「米軍統治下沖縄への「帰還」」は、「引揚げ事業のみに注目するのではなく、第一章から第五章までの在台沖縄系移民のエスニシティに関する検討をふまえて、台湾から沖縄本島への引揚げ事業が「沖縄人」としてのアイデンティティを構築する上で非常に重要な意味を持っていたことを論じる」。
辺境性と境界性の二面性をもつ沖縄の近代を、「おわりに」でつぎのようにまとめ、本書の結論としている。「植民地帝国日本における近代沖縄の辺境性と境界性を具現化したのが、二〇世紀初頭の沖縄県から台湾への人の移動の興隆である。移動は、買物や通院、観光といった日常生活の延長上にあるようなタイプのものから、就職や進学を目的とした長期の滞在、さらには家族ぐるみでの移住といった定住型の移動まで多様な形をとった。本書では、一見両極端と思われる、小学校を卒業してすぐに台湾に渡航し現地で店員や女中として働いた出稼ぎ者と、沖縄県内で中学校や師範学校を卒業後に台湾で医学を学ぶために進学目的で渡航した若者たちの植民地的近代経験について検討した」。
「両者に共通するのは、国民国家としての日本の中で周縁化されていく沖縄県で生まれながらも、沖縄の境界性を利用しつつ帝国主義的キャリアを形成した点である。人びとは、植民地帝国日本において辺境であると同時に境界であるという沖縄県の特異なポジションを利用しながら移動し、上昇を志向する近代的主体として植民地台湾を生きた。そして植民地帝国日本において社会的上昇は、「日本人」になることと不可分であり、「日本人」になることはすなわち植民地において支配者となることでもあった。それが台湾における沖縄系移民の植民地的近代経験である」。
そして、つぎのような文章で、「おわりに」を閉じている。「本書は植民地帝国日本の中の「沖縄」を主体として、沖縄人の視点から日本の台湾植民地支配について描いた。言うまでもなく同じ場所と時間を共有した台湾人にとって、その経験の意味は異なるものであり、その経験の記憶が継承されるなかで、その意味も変容しうると考えられる。また本書は、沖縄県から台湾へ移動した人びとの軌跡を辿ったが、同時期に台湾から沖縄県に移動した人びとがいたことも忘れてはならない。本書で十分に言及できなかった、台湾人にとっての日本植民地主義とその記憶の継承については稿を改めて論じることとしたい」。
辺境や境界などということばでは充分に語り尽くせない、同じ生活空間としての沖縄と台湾があった。辺境沖縄からみた「植民地台湾」ではなく、双方にとっての生活圏としての「沖縄・台湾」が戦後もしばらくつづいた。
評者、早瀬晋三の最近の編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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